2013年12月31日

お知らせ!

記事数が多くなりましたので 2014年1月1日からは 新規ブログになります。
梅の華ブログ 2 はこちらです。

http://umeno87sanpo.sblo.jp/


このブログはそのまま残ります。
新年度からは 飯田橋の続きから 東京散歩を書いていきます。
時間をみつけて またあちらこちら巡ります。
よろしくお願いします。
umenohana.JPG
来年はいい年でありますように!!続きを読む
posted by うめのはな at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

年越しそば

年越しそばを食べに日本橋へ行きました。
年末年始だからなのか 中央通りは日の丸が掲げられていました。
日本国の 日本橋って感じがしました。
nihonmaru.JPG
仕事が休みだからなのか 道路はすいていましたが 買い物客はたくさんいました。
sobakiyoe (4).jpg
日本橋も 日本晴れ!高速道路がなければすっきり・・・・
日本橋を渡ってすぐのところにある 越前そばやさんです。
今年はもう3度目。
sobakiyoe (1).jpg
御清水庵 清恵(越前蕎麦)
御主人の中本さんが福井出身で私と同郷。
福井弁で話す気さくな方です。
sobakiyoe (3).jpg
越前おろしそばとミニソースかつ丼。
福井独特の 大根おろしをいれた蕎麦と甘いソースのカツ丼です。
sobakiyoe (2).jpg
こちらはあかたかい 掛け蕎麦とミニソーツカツ丼。
日本橋川を眺めながら食事です。日本橋川クルーズの船がみえましたが この時期寒かろうなぁ。
そうこうしているうちにも 満席になり出ます。
年越しそばの注文が電話で入っていて ご主人さんは忙しそうでした。
他でも食べたし 田舎からも何度か送ってきたし今年は 越前そばばかり食べていたような気がします。
越前そばはやはり 太くてコシがあって 美味しいです。
江戸風の 細い白いつるんとのどを通るような蕎麦より 田舎の越前の蕎麦が大好きです。
また 来年も食べに行こう・・・・

posted by うめのはな at 08:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央区

2013年12月30日

銀座1丁目のアンテナショップ

年の瀬も押し迫ってまいりましたが 銀座1丁目のアンテナショップめぐりをしてきました。
福井のアンテナショップで 人気NO.1の「大福あんぱん」を購入。
ginza1229 (4).JPG
パンの中に大福が丸ごと入っていておいしいです!!
この時期 福井名物「水ようかん」も出ていました。
次に 高知。ショウガの食品を購入。
そして 沖縄。黒糖購入。
次に 広島 徳島と巡りました。
近くにアンテナショップが集まっていて 相乗効果かどこも混んでいました。
おいしいタルトの店があるというので行きました。
「キルフェボン グランメゾン銀座」
ginza1229 (1).jpg
この豪華ないちごタルト。白いいちごのほうは ホールで1万円を超えるお値段です。
とてもおしゃれなかわいいお店。カフェがあるというので入口を見たら「90分待ち」の表示。
諦めました。
駅に戻る途中みかけたのが 「コーヒーとカライライス
カレーやではなくてれっきとした喫茶店
ginza1229 (2).JPG
カレーライスではなくてニューキャッスル名物のカライライス(辛来飯)だそうです。
それよりも 隣の店の時計台が気になりました。
ginza1229 (3).jpg
銀座2丁目、天津飯店の上の時計台
ニューキャッスルの間には路地があり、その奥に喫茶店があったらしくその喫茶店が冷房装置を付けることになり、その大きな冷却装置を屋根の上に乗せた為 機械がみきだしになり それを隠すために周りを囲んで隠したとか。ついでに和光の時計台風にしたとのことです。
ちなみにこの時計は 8時を指したままうごいてはいません。
最初から止まったまま動かない時計なのか?
銀座には新旧 おもしろいものがあちこちにあって 楽しいです。

posted by うめのはな at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央区

2013年12月29日

東京水上倶楽部(飯田橋)

牛込橋から外堀を見ています。
suijyoc (7).jpg
お堀を望む水上レストランとして知られる「カナルカフェ」が見えます。
suijyoc (4).jpg
1918年に設立されたボートハウス「東京水上倶楽部」がそのルーツ。
1918年当時、東京には都民の為のレクリエーション施設などが無い状況でした。

初代東京市長である後藤新平氏と古川清(オーナーの祖父)が都民の為に何かできないかと考えた結果、外堀を利用したボート場建設を発案したとのことです。
suijyoc (3).jpg
今はこんな感じで鳥たちの憩いの場です。
suijyoc (8).jpg
桜の時期には こんな見事な景色になりカナルカフェは行列のできる店となりにぎわいます。
suijyoc (5).jpg
東京水上倶楽部 東京都新宿区神楽坂1-9

「創業1918年 東京で最も古いボート場です。
当時は十人以上も乗れる大型の船をはじめ、100艘もの船が浮かんでいました。
600mのお堀の周りに明かりを灯し、夜間の営業、蛍、花火、灯篭流し、ラムネ、かき氷、江戸冗長を残したボート場は、都民の憩いの場でした。

現在、東京水倶楽部[CANAL CAFE]は、浄化活動に取り組み、2009年に、このお堀で蛍が生まれるまでになりました。
今後も、皆様の協力とともに、以前のような美しい外堀を目指して再生に取り組んでまいります。」
suijyoc (6).JPG
外堀通りを歩きます。
suijyoc (2).jpg
中央線の電車が見えます。
suijyoc (1).jpg
春にはこんな素敵な景色になります。

posted by うめのはな at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 新宿区

2013年12月28日

牛込見附跡

JR飯田橋駅西口前の交差点です。
iidabasi (7).jpg
牛込見附跡。石垣の一部が道路の両側に対の形で残されています。
iidabasi (2).jpg
「牛込見附」 門跡の石垣 (南西側)
iidabasi (9).jpg
石垣の前に説明板があります。
iidabasi (8).jpg
牛込見附跡 千代田区富士見2-9

  「江戸城外堀跡 牛込見附(牛込御門)跡

 正面とうしろの石垣は、江戸城外郭門のひとつである牛込見附の一部です。江戸城の外郭門は、敵の進入を発見し、防ぐために「見附」と呼ばれ、ふたつの門を直角に配置した「枡形門」という型式をとっています。
 この牛込見附は、外堀が完成した寛永13年(1636)に阿波徳島藩主蜂須賀忠英(松平阿波守)によって石垣が建設されました。これを示すように石垣の一部に「松平阿波守」と刻まれた石が発見され、向い側の石垣の脇に保存されています。
江戸時代の牛込見附は、田安門を起点とする「上州道」の出口といった交通の拠点であり、また周辺には楓が植えられ、秋の紅葉時にはとても見事であったといわれています。
 その後、明治35年(1902)に石垣の大部分が撤去されましたが、現在でも道路を挟んだ両側の石垣や橋台の石垣が残されています。この見附は、江戸城外堀跡の見附の中でも、最も良く当時の面影を残しています。
かっての牛込見附の跡をイメージし、舗装の一部に取り入れています。千代田区」
usigome.JPG
拡大写真。牛込見附(旧江戸城写真帳)
mitukee.jpg
堀にかかるのは牛込橋です。
iidabasi (6).jpg
この 『牛込橋』 から 『新見附橋』 までの外濠は 「牛込濠」 と呼ばれ、 寛永13年(1636) に開削されているが、それまでは広大な草原であったという。
iidabasi (11).jpg
牛込橋 千代田区富士見2・飯田橋4 〜 新宿区

「 この橋は、「牛込橋」といいます。
『御府内備考』によれば、江戸城から牛込への出口にあたる牛込見附(牛込御門)の一部をなす橋で、「牛込口」とも呼ばれた重要な交通路でした。また、現在の外堀になっている一帯は堀が開かれる前は広大な草原で、その両側は「番町方」(千代田区側)と「牛込方」(新宿区側)と呼ばれてたくさんの武家屋敷が建ち並んでいたと伝えられています。
 最初の橋は、寛永13年(1636)に外堀が開かれたときに阿波徳島藩主の蜂須賀忠英によって造られましたが、その後の災害や老朽化によって何度も架け替えられています。
現在の橋は、平成8年(1996)3月に完成したもので、長さ46メートル、幅15メートルの鋼橋です。
平成8年(1996)3月 千代田区教育委員会」
iidabasi (1).jpg
牛込見附の跡をイメージした模様が、舗装の一部に取り入れています。
iidabasi (3).jpg
牛込橋は千代田区富士見二丁目から新宿区の神楽坂に通じている早稲田通りに架かっています。
当時千代田区側は番町方、新宿区側は牛込方と呼ばれ、旗本屋敷が並んでいました、その間は深い谷だったのを、水を引いて堀としたものだそうです。

posted by うめのはな at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区

2013年12月27日

東京大神宮

東京大神宮ー東京のお伊勢さまと呼ばれています。
tokyodaijingu (1).jpg
伊勢神宮には行けそうもないのでせめてこちらでお参りを・・・
tokyodaijingu (2) .jpg
東京大神宮  千代田区富士見2-4-1
「明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京における伊勢神宮の遙拝殿として明治13年に創建された当社は、最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に日比谷大神宮と称されていました。関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは飯田橋大神宮と呼ばれ、戦後は社名を東京大神宮と改め、今日に至っております。
東京のお伊勢さまと称えられ親しまれているのは、伊勢両宮(内宮・外宮)のご祭神である天照皇大神(日本国民全ての祖神)と豊受大神(農業、諸産業の守護神)のご分霊を奉斎していることによります。
また、日本で最初の神前結婚式を執り行ったことで有名な当社では、現在も神前において伝統的な結婚の儀式を守り伝えております。天地万物の生成化育つまり結び近年縁結びに御利益のある神社としても知られ、良縁を願う人々のご参拝も年々多くなっています。」
tokyodaijingu (15).jpg
縁結びのご利益か 若い人が多かったです。
恋みくじ が人気のようです。
kikuji .jpg
恋みくじの絵もお守りもとてもかわいい巫女さんの絵でした。
tokyodaijingu (4).jpg
この神社は、遠く離れた伊勢まで足を運ばずとも、都内で手軽に伊勢神宮を拝めるようにと、明治天皇のご裁断で創建された遥拝殿ということです。
東京大神宮は東京5大神社のひとつです。
5大神社
・明治神宮(原宿)
・靖国神社(九段)
・大國魂神社(府中)
・東京大神宮(飯田橋)
・日枝神社(赤坂)
tokyodaijingu (5).jpg
お正月前ですが人が多かったです。古いお札を収める場所もありました。
tokyodaijingu (9).jpg
こんなに参拝者が多いのは伊勢神宮式年遷宮の影響もあるのでしょうか。
tokyodaijingu (3).jpg
左手に境内社が見えます。
tokyodaijingu (14).jpg
境内社 飯富稲荷神社
tokyodaijingu (13).JPG
飯富稲荷神社 東京都千代田区富士見町2-4(東京大神宮境内)
「東京大神宮が明治13年(1880)に伊勢神宮の遥拝殿として日比谷に鎮座した時から奉斎されていた稲荷であると伝えられている。関東大震災後現在地に神宮とともに移った。衣食住と商売繁盛の守護神としての「稲荷大神」と土地の守護神「大地主大神」を祀っているほか、不出世の名優と謳われた九代目市川団十郎が驚い信仰を寄せていたことから芸能の神としても信仰されている。

衣食住商売繁盛・芸能

祭 日 初午祭三月、夏季大祭八月十五日 」
tokyodaijingu (11).jpg
鳥居は道路沿いぎりぎりですので正面から写せません。
tokyodaijingu (12).jpg
このあと 飯田橋駅に向かいます。

posted by うめのはな at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区

2013年12月26日

九段下〜飯田橋散歩路

東京メトロ東西線九段下駅で下り 九段下交差点に出ると和風の屋根の古い建物が見えます。
九段会館です。
kidanhi (4).JPG
九段会館  千代田区九段南1丁目6-5
竣工 1934年(昭和9年)
昭和初期に流行した帝冠様式(ていかんようしき)の建物である。設計は同潤会アパートの川元良一、技術顧問として伊東忠太。
東日本大震災による天井落下死傷事故で閉館中。
九段下から飯田橋駅に通じる目白通りは「飯田橋散歩路(サンポーロ)」と名付けられ 「発祥の地」碑がたくさん建っています。
目白通りを行きます。
kidanhi (9).jpg
ホテル・グランドパレスの前に東京女子医科大学発祥の地 の碑があります。
kidanhi (8).jpg
東京女子医科大学発祥の地 千代田区飯田橋1-1
「吉岡彌生は明治33年(1900)12月5日、この地にあった至誠医院のなかに東京女医学校を創立しました。翌明治34年(1901)4月、同校は牛込区市ヶ谷仲之町に移転。のちに市ヶ谷河田町へ移転して現在の東京女子医科大学に続きます。吉岡彌生の至誠医院は明治41年(1908)に旧飯田町4丁目31番地に移り、関東大震災(1923)までありました。」
吉岡彌生は「至誠と愛に生きる」を建学の精神とし、女性の地位向上と我が国の近代医学史に大きな足跡を残しました。
もう少し行くと北辰社牧場跡 の碑があります。
kidanhi (3).jpg
北辰社牧場跡 千代田区飯田橋1-5
「榎本武揚は明治の始め、北辰社牧場をここに開きました。幕臣榎本は文久2年(1862)オランダに留学を命じられ、当時のヨーロッパ事情や法律、化学などを広く習得しました。幕府が瓦解すると榎本は指揮下の海軍をひきいて函館までも転戦しましたが、黒田清隆や山田顕義らの率いる官軍の軍門に下り、捕われの身となります。しかし、彼の新知識を惜しまれて許され、新政府では幾多の要職を歴任しました。一方、旧幕臣子弟の為の育英黌農業科や北辰社牧場などを作りました。最盛期には乳牛が四,五十頭もいて新しい飲物、牛乳を提供していました。」
目白通りから東京大神宮へ向かう大神宮通りの入り口の角に建っているのが徽章業発祥の地 の碑です。
kidanhi (1).jpg
徽章業発祥の地  千代田区飯田橋1-7
「この奥,大神宮通り向かって左側に 明治18年(1885),鈴木梅吉により 日本帝国徽章 商会が創られました。これは民間の徽章業のはじめで,特に明治末期,大正の初期にお いては 日本で唯一の徽章の製作工場として 大変栄えました。現在の徽章業の方々の大多 数は この商会の流れを汲み,徽章業は 飯田町の日本徽章商会から生まれた といわれてい ます。そして,現在もこのあたりは 徽章業に従事する人が沢山います。」
tokyodaijingu (19).jpg
大神宮通り入口です。
tokyodaijingu (18).jpg
東京大神宮。東京のお伊勢さまの文字があります。
tokyodaijingu (17).JPG
この通りは 日の丸が飾られています。(平日です)
商店街などでみられるカラフルな万国旗ではなく 日本国旗なのです。
tokyodaijingu (16).JPG
東京大神宮が見えてきました。
posted by うめのはな at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区

2013年12月25日

すみだ郷土文化資料館界隈

東京23区には各区に郷土資料館(室)があります。
すみだ郷土文化資料館は隅田公園近くにありました。
mikakoij (1).JPG
東京都墨田区向島二丁目3番5号
残念ながら休館日でしたから入れませんでした。
mikakoij (3).jpg
このすぐ下に佐多稲子旧居跡の案内板があります。
mikakoij (4).JPG
 「佐多稲子はプロレタリア文学者であり、戦後は婦人民主クラブの創立に奔走して民主化運動に貢献しました。

明治37年生まれで、小学生のころから利発な文学少女でしたが、結核で亡くなった母親の治療費や父親の放蕩などで家計がひっ迫したために、11歳の時に父と祖母とともに叔父を頼って長崎から上京して、向島小梅町52番地(現在の隅田公園内)の家に身を寄せることになりました。
牛嶋尋常小学校5年に転入したものの、家計を助けるためにキャラメル工場で働かなければならず、小学校を中退してしまいました。
その後、働きながら小説や短歌を寄稿し、後に『キャラメル工場から』という作品にまとめられ、それが出世作となりました。

戦後、すぐに書かれた自叙伝ともいえる『私の東京地図』には、長く暮らした向島周辺のことが書かれています。向島町おこしの会」
mikakoij (5).jpg
この界隈からもビルとビルの隙間にスカイツリーが見えます。
mikakoij (15).JPG
墨堤通りと水戸街道に挟まれて 見番通りという細い道があります。
道の中ほどに 置屋の見番所があるところから 名付けられたようです。
見番通りを少し北上すると 三囲神社があります。


posted by うめのはな at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2013年12月24日

メリークリスマス

イースト21ホテルに行きました。
エレベーター前には 小さなクリスマスツリー。
east21 (4).jpg
これはフロントフロアーのエレベーター前。
21階にも別のツリーがありましたから各階に趣向をこらしたツリーがあるのではなかろうか・・と。
もちろんロビーには大きなツリーがありました。
east21 (1).jpg
21階には大きな窓があってこんな眺めです。
east21 (2).jpg
晴れた日だったのでスカイツリーが正面に見えました。
IMGP1508.JPG
これは絶景!
east21 (3).jpg
真下はこんな感じです。1階に降りて外に出ます。
east21 (5).jpg
イースト21モール広場のイルミネーションです。
クリスマスの時期には毎年違った飾りつけで楽しませてくれます。
east21 (6).jpg
夜になるときれいです。
メリークリスマス!!
posted by うめのはな at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2013年12月23日

東京駅で昼食

先日グラントウキョウノースタワー大丸東京店8Fのイノダコーヒでサンドイッチを食べました。
「イノダコーヒー」じゃなくて「イノダコーヒ」です。
1213tokyo (6).jpg
イノダコーヒは京都市に本店・本社を置くコーヒーのチェーン店。
正式名称には末尾の長音符は付かない。
inodags.jpg
以前から友達がここのビーフカツサンド(¥1,890 )を食べたがっていたのでいい機会だといきました。
昼時少し前でしたが満席。すぐ席が空いて入ることができました。
1213tokyo (5).jpg
私はスモークサーモンサンドとクラムチャウダー (¥1,500)
濃い目のカフェオーレ付きでした。
1213tokyo (8).jpg
友人のは別料金でアラビアの真珠(ホットコーヒー)¥630
創業より「アラビアの真珠」と名付けたブレンドのコーヒーが特に有名。
inodc.JPG
赤いコーヒーポットの絵柄が商標に使われています。
老舗のコーヒ店だけあって 香りとコクのあるとてもおいしいコーヒでした。
友人談:やわらかくてボリュームがあって 美味しかった。
posted by うめのはな at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区