2011年11月21日

黒い空

IMGP1253.JPG

昨日 5時頃から急に暗くなり妙な空になっていた。

夕日と黒い雲。くっきりと分かれていて 東京タワーが光っていて
思わず 写真に撮った。

あの日の空もこんな風に黒い雲に覆われ 遠くはオーロラのような空だったなぁ・・と思い出した。

昨日は 茨城で震度5強の地震があったし ちょっといやな気がした。

もう二度とあの日のようなことにはなりませんように・・・。

このあと雨が降ってきました。
posted by うめのはな at 10:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年11月07日

チェルノブイリ・ハート : 原発事故がもたらす被害の実態  マリアン・デレオ

1986年に起きたチェルノブイリ原発の大惨事から16年後、国土の99%が放射能で汚染されたベラルーシ。この国の乳幼児死亡率は他のヨーロッパ諸国に比べて3倍も高く、肢体不自由で生まれた子どもは事故前に比べて25倍、内臓に明らかな異常をもって生まれてくる子どもが大勢いる。今なお続く放射能汚染の重篤な健康被害を映し出したドキュメント。2003年第76回アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞受賞作品

チェルノブイリ・ハートとは、“穴のあいた心臓”、“生まれつき重度の疾患を持つ子ども”の意味である。
ベラルーシでは現在でも、新生児の85%が何らかの障害を持っている。1986年4月26日、旧ソビエト連邦(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で爆発事故が起き、国際評価尺度レベル7に達した。
放射性降下物はウクライナ、ベラルーシ、ロシアを汚染した。原発から北東へ約350キロ以内に、高濃度汚染地域「ホット・ゾーン」が約100ヶ所も点在し半径30キロ以内の居住は禁止されている。
映画は、ホット・ゾーンの村に住み続ける住民、放射線治療の現場、小児病棟、乳児院の実態に迫る。

61分 - ‎PG-12 指定 - ‎ドキュメンタリー
ヒューマントラストシネマ渋谷 -で公開中。
tixe.jpg
「チェルノブイリハート」の完全ガイドブックは 840円。合同出版社。
映画の内容を文字起こし しているので 映画をを見ることが出来ない人にはお勧めです。

‎PG-12 指定 とあるように かなり衝撃的な映像があります。
本では 少しの写真ですが 映像だとかなりの奇形児が。
自然に涙がでてきます。とても衝撃的です。

この国では乳児の死亡率が極端に高く、肢体不自由で生まれてくる
子供がそれまでの25倍になった。 正常に生まれてくる割合は10%〜20%しかない。
遺棄乳児院には4歳までそれ以後は精神病院へ。
心臓に穴があいていても免疫力がなくて手術できず死んでいく子も耐えない。

甲状腺がんになっている思春期の子供たち。17歳までが児童だそうです。
原発事故の当時 胎児だったり 乳児 幼児だった子供たちが15年を経て癌や白血病になっている。そして その当時思春期だったり被災地にいたり原発事故の処理にあたったひとたちに生まれた子供たちが今 「チェルノブイリハート」だったり 癌や奇形児として生まれてくる。
そんな悲惨な状況を 現地に入り 取材したドギュメンタリーとして 公開された。

これはある意味 衝撃的である。

2006年4月28日には国連総会で放映され 日本でも 2011年7月27日 衆議院第一会館にて上映会が開催されたようです。一体何人の議員が見たのやら・・・。

〜190トンの放射性ウラニュームと放射性黒鉛が空気中に拡散し延べ60万人のリクビダートル(清掃人)が大量の放射線を浴び、13000以上が死亡した。
避難民の総数は40万人を超え、汚染地域では2000以上の集落が廃村になった。だが一際大きな放射能被害を受けたのは、子供たちだった・・・・。〜

・ベラルーシ・ミンスク市(爆心から300Km) この地方の甲状腺がん発生率は1万倍に増加した。
ノヴィンスキ精神病院(ミンスク郊外)には重度障害児が収容されている。脊髄損傷と脳性麻痺の子供は全員知的障害を持つ。

・チェルノブイリから200Kmの汚染地域にある高校で生徒の体内にあるセシウム137を調査。
『セシウムはがんを誘発させやすい。消化器系、心臓、肝臓、腎臓そして肺です』と科学者は言う。

・ヴェスノバ精神病院(ベラルーシ南部)曲がった腕の少年、腰から下を引きずって歩む少年。両手をできものに覆われた少年。

・ゴメリ市(チェルノブイリから80Km・人口70万人)
遺棄乳児院「ナンバーワンホーム」。親が奇形や障害に手に負えなくなって、ここに捨てていくのだ。水頭症の子供が多い。脳が頭蓋骨に収まっていない。背中から肝臓が飛び出している子供。
乱暴に扱う看護師・・・。もっと優しくして!と叫べば 『これ以上良くならないのだから』と叫ぶ。

・ゴメリ私立病院
ブラコフスキー医師『健常児が生まれる確立は15〜20%。放射能の影響があります』赤ちゃんは出生 後、免疫システムが弱いので死亡することが多い。ベラルーシの乳児死亡率はヨーロッパ諸国の3倍。

・ゴメリ市立小児病院
心臓に重大な欠陥がある。同じ病気に苦しむ患者が7,000人も心臓手術を待っている。

などなど・・・ちょっとだけ紹介しました。

「チェルノブイリ・ハート」の現実は、何年か後には「フクシマ・ハート」の現実になるのでしょうか。あまりにも遅すぎる 対応。あまりにも楽観的な考え方。一体この国はどうなっているのだろうか。

福島の原発事故直後「ただちに健康に影響は無い」と繰り返し叫んでいた日本人の男がいる。
たしかに ただちに・・ではないかもしれない。
しかし 数年後 10年後 20年後のことを考えて言った言葉なのだろうか・・・。

食品による内部汚染が一番危険なのに あのいい加減な暫定基準値。
足し算を知らない御用学者たちは 口をそろえ一度や二度食べても大丈夫です。。と。

低線量被爆については これから勉強するとか。。。遅すぎる!

2005年6月末に米国科学アカデミーが低線量放射線被曝による発がんなどのリスクについて、「放射線被曝には、これ以下なら安全」と言える量はないと発表している。

2006年にはホルミシスは欠陥のある理論 ジョーン・ピータソン・マイヤーズが発表されている。

欧州放射線リスク 委員会科学議長のクリストファ・バズビーは「日本政府の無責任ぶりは犯罪的だと思う。子どもに平気で高い被爆を させている。都合がいいというだけで短期間でこれほど基準を変えてしまうとは、この判断は間違いなく多くの 子どもを死に至らせるだろう。文明国のやることとは思えない」と警鐘を鳴らしている。

*チェルノブイリ・ハート 動画で検索すれば YouTubeでかなり衝撃的映像を見ることができます・・・・。
posted by うめのはな at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書

2011年11月05日

皇居・三の丸尚蔵館「幻の室内装飾−明治宮殿の再現を試みる」

皇居 皇居・三の丸尚蔵館に行った。
大手門渡櫓門から入る。大手門とは旧江戸城の正門であるが 渡櫓門の外壁がむざんにも剥がれているのが目に付いた。東日本大震災の影響であろう。8ヶ月たってもまだそのままだということは修復もむずかしいのだろうなぁ・・と。

koukyo12151.JPG

大手門渡櫓門下も仮設のゲートがあり上部を網で覆っている。崩壊落下防止のためだろう。

koukyo12157.JPG

三の丸尚蔵館は東御苑の中にあり入場無料。ただし 閉館時間が早い。今の時期は
午前9時〜午後3時45分 (入館は午後3時30分まで)

第56回展覧会「幻の室内装飾−明治宮殿の再現を試みる」

開催期間:平成23年9月23日(金・祝)〜12月25日(日)
前期 9月23日(金・祝)〜11月6日(日)
後期 11月12日(土)〜12月25日(日)

sam008.jpg

これを見に行った。前期は明日まで。
各宮家のかたがたも参観されたそうで ニュースになっていたからぜひとも見たかった。

「明治二十一年に竣工した明治宮殿は、外観は和風建築、内部を西洋式の椅子座として、その室内装飾が施されました。
明治宮殿は昭和20年5月に焼失しました。室内の装飾や調度の品々は当時を代表する作家や技術によるもので、国の近代化を象徴する存在でもあり、日本美術史においても、重要な存在だったのです。

今回は その明治宮殿の室内の写真 宮殿見取り図 そして残された調度品などの展示です。

鳳凰の間で使用の瑞鳳模様衝立、蘭陵王置物や色絵金彩菊貼付香炉(沈寿官作・南溜の間で使用)、鳳凰高彫花盛器(香川勝廣作)などなど・・。

sam007.jpg

天井の一部の複製などもありました。
この明治宮殿は写真でみるだけですが そのすごさが伝わってきます。迎賓館はやはり東宮用。。。。とその違いを思い知らされました。
これが残っていたらと思いましたが残っていたとしても 庶民は見ることができませんね。
皇室の調度品はやはりすばらしいものでした。

後期もまた行こうと思います。
posted by うめのはな at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術館・博物館・芸術鑑賞

2011年11月04日

赤坂離宮〜迎賓館〜その5

南庭をみたあと 前庭 正面玄関のほうに向かいます。
ここは 昨年の公開時じっくりと見ましたから今年は わりと軽くの見物です。
抽選とあって 昨年とは違い人が少なくてよかったです。
geihinkan96.JPG

geihinkan66.JPG

迎賓館赤坂離宮は、ネオバロック様式の壮麗な洋風建築で、緑青の屋根、花崗岩の外壁、調和の取れた装飾など明治期の傑作といわれています。
mae.JPG

建築家ジョサイア・コンドルの弟子にあたる宮廷建築家片山東熊の設計により、元紀州藩の屋敷跡に東宮御所として1909年(明治42年)に建てられた。しかしネオ・バロック様式の外観があまりにも華美に過ぎたことや、住まいとしては不便なため皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)はほとんど使用されず 赤坂離宮として扱われたとのこと。
戦後 赤坂離宮の敷地や建物は皇室から国に移管され、国立国会図書館(1948–61年)、法務庁法制意見長官(1948–60年)、裁判官弾劾裁判所(1948–70年)、内閣憲法調査会(1956-60年)、東京オリンピック組織委員会(1961–65年)などに使用された。
そのため 床の寄木は傷ついている部分も多いそうです。

その後 5年の歳月と108億円(工費101億円、内装費7億円)をかけて、本館は村野藤吾、和風別館は谷口吉郎の設計協力により、1974年(昭和49年)3月に、迎賓館が完成した。
2006年(平成18年)2008年にかけては、大規模な改修工事が行われました。

geihinkan89.JPG

本館構造:鉄骨補強煉瓦石造、地上2階(地下1階)
延床面積:1万5000平方メートル

和風別館 游心亭(ゆうしんてい)がありますがここは 非公開でした。

正面左右に金色の霊鳥。両脇の屋根に甲冑。正面中央にはバルコニー。
20101015_044.JPG

niwa4.JPG

そして中央上部には菊の御紋章。
両翼を広げ 人々を抱きかかえるような形をしています。
geihinkan97.JPG

大きすぎて1枚の写真には撮れませんでした。

花崗岩の広場から正面の門に向かう場所は 広い前庭となっていますがここは門で閉められていました。昨年そこは見たのでよしとしましょう。
geihinkan95.JPG

この前庭はかなり広く 左右対称になっていて 噴水や兵舎などがあります。
144本の黒松が植えられ 樹齢250年ほどのスダジイが見事な枝を伸ばしています。
日本らしい風景です。
niwa.JPG

matu2.JPG

niwa2.JPG

綺麗に手入れされ た美しい門庭で 国宝の正面の門が映えていました。
geihinkan110.JPG
posted by うめのはな at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区

赤坂離宮〜迎賓館〜その4

2Fはもうひとつ東の間があるのですが 残念ながら東の間は公開されていませんでした。
階段を下りたところに藤田嗣治さんの絵が飾られていました。

入ったところに戻り 外へ。
そして 噴水のある主庭 へと歩きます。
昨年の前庭公開のときは この主庭は入れませんでしたから初めての見学です。
geihinkan24.JPG

geihinkan18.JPG

geihinkan17.JPG

南面の主庭は全面砂利敷きで、中央には噴水池や花壇があります。
geihinkan45.JPG
旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)本館 正門 主庭噴水池が国宝に指定されています。
geihinkan36.JPG

geihinkan34.JPG

天気もいいのでしばし噴水池のまわりを散策しました。
南面の階段の1箇所は登ることができ 随行員の宿泊する部屋が外から見ることができました。そこは撮影禁止です。ちゃんと係員の方が立っています。

geihinkan43.JPG

扉の硝子越しに見るのですが 硝子ということで入り口にはかなりぶあついカーテンがありました。
一部屋だけではなく何部屋かありそうです。

本館も2Fはレセプション用のつくりで 宿泊は1Fと説明がありました。
しかし 廊下を通ると2Fにも番号のついた部屋はありました。

のんびり眺めて 庭の片隅にあるテントで一休み。ここではじめて自動販売機の飲み物を飲むことができました。値段は市中より安いです。100円とか80円とか。

ぐるりと廻る形で 建物の正面のほうに向かいました。
geihinkan53.JPG

5へ続く
posted by うめのはな at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区

2011年11月03日

赤坂離宮〜迎賓館〜その3

一休みしたあとは 中央階段・2階大ホールを見学しました。
ここは 正面玄関が見える場所です。
中央階段の床には、イタリア産の大理石、その上は赤いじゅうたんです。玄関前の床は黒白の市松模様。イタリア産の白い大理石と国産の黒い 玄晶石だそうです。
階段の左右の壁には、フランス産の大理石が鏡張り 欄干はフランス産の大理石であり、その上に8基の黄金色の大燭台が置かれています。
階段を下りてみることはできません。上のホールから眺めるだけ。
係員がいて きちんと説明してくれます。

中央階段を上がった2階大ホール正面の左右の壁面には小磯良平作の大油絵が2枚飾られています。
ホールには8本の大きなコリント様式の大理石の柱があります。
これは 数メートルあるそうですが 1本もので貴重なものだそうです。

天井の絵は 「第七天国」と名付けられています。
とにかく ここは豪華です。

来賓を正面玄関でお迎えし 赤いじゅうたんの階段を登り最初に 入るところなのです。

geihinkan79.JPG

外から見た中央の玄関入り口。

ホールの正面は
「朝日の間」明るい日差しが差し込んでいますが 「朝日の間」という名は、天井に描かれた「朝日を背にして女神オーロラが白馬の香車に乗り天空を駆ける姿」の絵に由来するそうです。

周囲の16本の円柱はノルウェー産の大理石。壁には、京都西陣の金華山織の美術織物が張られ、床には、紫色を基調とした47種類の糸を使い分けて桜花を織り出した緞通が敷かれています。このじゅうたんは 巻かれていました。微妙な色合いです。下々のものは歩くことはできません。

天井の絵は6.26m 5,15mの楕円形。桜の花が描かれています。

この部屋は国・公賓用のサロンとして使われ、ここで表敬訪問や首脳会談等の行事が行われます。

次は「羽衣の間」その前にやはり休憩。首が痛い。眩暈がします。上ばかり見ているからです。

「羽衣の間」という名は、謡曲の「羽衣」の景趣を描いた300平米の曲面画法による大絵画が、天井に描かれていることに由来します。この部屋は、雨天の際に歓迎行事を行ったり、レセプションや会議場等として使用されているそうです。
正面の中2階はオーケストラ・ボックスとなっており、かつて、この部屋が舞踏会場として設計されたことがわかります。
3基のシャンデリアは迎賓館で最も豪華なもので、およそ7,000個もの部品で組み立てられており、高さは約3メートル、重さは約800キログラムだそうです。
装飾石膏の壁は金箔張りで楽器、楽譜等のレリーフが多かったです。

金箔張りのレリーフですが 陸軍海軍のモチーフで 船や武具などもありましたし日の丸もちゃんとありました。西洋風の中でもきちんと日本のものを取り入れてありました。

彬派の絵の 西陣織の暖炉の前のついたてや 桐版に金箔を貼った和風のついたてなどもありました。豪華さの中にも ちゃんと和風がいかされていました。
それと 床ですが 各部屋の床は黒檀なども使った寄木の床でした。貼り付けではないそうです。
入り口からの廊下の床はタイルで これも貼りではなく埋め込みだそうです。
旧朝香の宮邸の庭園美術館の入り口の床のタイルにとてもよく似ていました。

これでひととおり 室内の見学はおしまいです。
階段を下りる手前の窓から 正面玄関左右のてっぺんにある 鳳凰の像が良く見えました。
houou.JPG
これは外から写したものです。

geihinkan89.JPG

室内の写真は撮影できませんでした。

迎賓館赤坂離宮写真集はこちらです。
内閣府のHPです。
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/akasaka/photo.html

政府インターネットテレビ「迎賓館赤坂離宮」内閣府のHPです。
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg2534.html

その4へ続きます。
posted by うめのはな at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区

赤坂離宮〜迎賓館〜その2

二階で最初に入ったのが「彩鸞の間 」

「彩鸞の間」という名は、左右の大きな鏡の上とねずみ色の大理石で造られた暖炉の両脇に「鸞」(らん)と呼ばれる霊鳥をデザインした金色の浮彫りがあることに由来します。
晩餐会の招待客が国・ 公賓に謁見したり、条約・協定の調印式や国・公賓とのテレビインタビュー等に使用されています。〜説明書より〜

真ん中に見学用のじゅうたんがひかれていたので 椅子テーブルなどは 窓際にありました。
大きなシャンデリアはバカラ製だそうです。金箔のレリーフが見事で 10枚の大きな鏡が部屋を広く奥深く見せていました。広さは140m2。18世紀末のアンピール様式でイタリア産の大理石の暖炉の上部左右に「鸞」のレリーフがあります。「武者とライオン」のレリーフもあります。

次に「花鳥の間 」

「花鳥の間」という名は、天井に描かれた36枚の油絵や、欄間に張られた錦綴織、壁面に飾られた30枚の楕円形の七宝などに花や鳥が描かれていることに由来します。
主に国・公賓主催の公式晩餐会が催される大食堂で、最大130名の席が設けられます。
晩餐会用の食器も展示してありました。
ティータイム用 晩餐会用 ルームサービス用の3組の食器です。
晩餐会用の食器は 300組用意されているそうです。

テーブルと椅子はやはり 窓際に寄せられていました。
天井には36枚の油絵。
壁中ほどには30面の楕円形の七宝焼きの花や鳥が飾られています。
下絵は日本画家の渡辺省亭が描き、明治期の七宝焼の天才・涛川惣助が焼いたものです。

内装は16世紀後半のアンリー2世様式。部屋の広さは400m2。
部屋の内装は岐阜産の茶色のシオジ材。正面に大きな食器棚がありその左右の壁面はゴブラン織りの絵。近寄ってみることはできませんでした。

天井の絵を見るため 上を見上げますから首が痛くなりました。
この部屋は木の内装で落ち着いていますし 和風な感じもします。

この部屋を出たところにパイプ椅子が何客か置かれていたのでそこで一休み。
休まないと首が痛くて・・・

廊下には数メートルおきに 花器やランプが飾り台の上に置かれています。
花器すべて九谷焼だそうです。
落ち着いた上品なものばかり季節ごとに置き換えると思いました。
内部は残念ながら 撮影禁止です。
posted by うめのはな at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区

2011年11月02日

赤坂離宮〜迎賓館〜その1

一般参観の申し込み 当選したので行ってきました。
昨日は ピーカンの快晴。お日柄もよく 心うきうきで出かけました。

四ツ谷駅から徒歩で。
その前に軽く 腹ごしらえ。お昼を気にせず ゆっくりと見れるように・・。

昨年の前庭開放のときは 正門から入りましたが今回は西門から。
正門を通り過ぎ 学習院のほうへ。
geihinkan109.JPG
どうやら お受験の真っ最中らしく 緊張した顔の親子連れがちらほらと正門から出てきます。
みな 申し合わせたかのような紺色の服装でした。

さて 入場前に 当選葉書を見せます。それから受付へと。
テントがあり バッグをX線装置に通し 金属探知機のガードをくぐる。
これは空港と同じです。

無事通れば 葉書を出し身分証明書を見せてチェック。
確認されたら 桐の御紋の内閣府の参観バッジを胸に付けます。

ここで 注意。
トイレは中にはありません。目の前の休憩所で済ませるよう言われます。
不要なものもロッカーがあるようです。

トイレもロッカーもパス。いよいよ 入場門へと歩きます。
ここでも バッジの確認がされ 前庭に足を踏み入れます。
geihinkan3.JPG

正面 むかって右の入り口からの入館となります。
geihinkan4.JPG
geihinkan6.JPG

もちろん入り口には係員が立っております。
とにかく数メートルおき 要所要所には必ず係員がいます。
どこにも手を触れぬよう 廊下に敷いてあるじゅうたんからはみ出さぬよう監視されます。
が・・そればかりではなく 質問すればきちんと答えてくれます。

高い天井。白い壁。白いドア。金箔の装飾と照明。窓の金具も金ぴかです。
通路を通り 階段を登りいよいよ2階へと・・。
階段の手すりだけは触れていいとのことで せっかくだから触れながら登りました。


ああ〜夢のようです。
posted by うめのはな at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区