2013年04月30日

亀戸香取神社 2(江東区)

亀戸といえば 大根。亀戸大根は江戸時代も末期の文久年間(1861〜64)頃にこの付近で栽培が広がったという。大きさはニンジンより少し大きいぐらいで、お多福大根などと呼ばれた。
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境内には亀戸大根之碑があります。江戸時代に香取神社周辺で栽培され始めたという「亀戸大根」は、日本一小さいダイコンで約30cmの長さです。
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「亀戸大根は江戸末期の文久年間(1861〜1864)に栽培が始まり、この神社周辺が栽培の中心地となっていました。当時は他の大根が全く無い時代であり、根も葉も共に浅漬けにして美味しいことから江戸っ子に大変重宝がられたと伝えられています。その後は宅地化が進み産地は江戸川区や葛飾区に移りましたが、現在では地元の商店街や町内会が協力し、亀戸大根を復活させようという活動が起り亀戸地区の各小学校の校庭で栽培されることになりました。そして亀戸大根を奉納するお祭りが「福分けまつり」として始められ定着するようになりました。また、この亀戸大根の栽培の発祥を記念した碑が平成11年に境内に建てられました。(江東区)」
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紙本淡彩道祖神祭図 歌川広重筆 一幅(亀戸香取神社)
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所在地 江東区亀戸3-57-22 (亀戸香取神社)

江東区指定有形文化財
 紙本淡彩道祖神祭図 歌川広重筆 一幅

「 道祖神祭図は、本紙を掛軸に表装したものです。本紙は縦33.6cm、横40.6cm。表装は縦158.0cm、横47.0cmです。
 香取神社の道祖神祭は、毎年正月14日、氏子の子供たちが宝船をかつぎ、亀戸から両国の辺りまで練り歩いたもので、享保のころから始まり、明治初期まで続きました。その光景は『江戸名所図会』の挿し絵に載せられ、『東都歳時記』にも記載されています。本図は人物や宝船を墨で描き、朱、青で淡彩を施しています。作者は浮世絵師・歌川広重(1797〜1858)で、嘉永5年(1852)以降、広重の円熟期に描かれた作品とみられます。
 本図は、江戸時代の香取神社の古い行事の様子をよく伝え、作者が著名な広重であること、また戦災を免れて区内に伝えられたことなどから、貴重な作品といえます。平成9年(1997)9月 江東区教育委員会」
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亀戸あさくさ古道 案内図がありました。
江戸に向かう「元佐倉道」は「逆井の渡し」を小松川村から亀戸村に渡り、竪川通りを西に進む。最初の分岐点「是より右 富士せんげん道」の道標(浅間神社境内保存)へ。道標を右に折れ、浅間神社、亀戸水神、六阿弥陀、香取神社、亀戸天神を経て浅草に至る江戸時代の古道です。「元佐倉道」は明治に入って千葉街道と呼ばれるようになった。

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2013年04月29日

亀戸香取神社 1(江東区)

毎年5月5日は 亀戸香取神社勝矢祭(かちやさい)です。
勝矢祭(かちやさい)
平将門が朝廷に背き乱を起した時、藤原秀郷が現在の亀戸香取神社に参籠して、武運長久を祈願して戦いに臨んだことで乱を平定した。神助の賜と喜び神社に弓矢を献納、「勝矢」と命名され、その勝矢を奉納する祭事で平安時代の鎧兜の装束や陣羽織、裃 甲冑を身に着けた武者行列が行なわれます。
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鳥居の脇には 勝矢の印がありました。
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亀戸香取神社は、「スポーツ振興の神」として信仰されています。そのため、スポーツ大会・試合の勝利を願い オリンピック選手等が『勝矢』のお守りを持っていたりするそうです。
参道には数種の八重桜が植えられています。なかには黄緑色の花を咲かせる「鬱金」もあります。
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亀戸香取神社 東京都江東区亀戸3-57-22
亀戸香取神社は、江東区亀戸にある香取神社です。亀戸香取神社は、藤原鎌足が東国下向の時に勧請したとも、応安4年(1371)鎮座とも伝えられます。亀戸七福神の大国神、恵比寿神としても知られています。
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恵毘寿神(えびすしん)と大国神(だいこくしん)です。
「香取神社御由緒記」によれば昔亀戸は小さな島からなり、島の形が亀に似ているところから亀島、亀津島とも呼ばれていた。

香取神社は南葛飾郡に広く分布しており、下総の香取神宮の社領がこの地域に存在していたためだと考えられている(『江東区史』
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「若水や 福も汲みあげ 亀が井戸
井の形の井戸です。汲み上げた水は、恵比寿神と大黒神の前の甕へ注がれています。
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かつてこの地には臥龍梅庭内に「亀ケ井」と呼ばれる井戸があったそうです。亀島もしくは亀津島が亀戸という地名になったのは、この「亀ケ井」と混同され亀井戸と呼ばれるようになったという説もあるそうです。
境内の東には末社が並んでいます。
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天祖神社 稲足神社 福神社 水神社、三峰神社、熊野神社
福神社は亀戸七福神の大国神と恵比寿神が祀られています。

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2013年04月28日

なでしこ・矢車草(江東区木場公園中地区)

なでしこの花が見ごろだというので見てきました。
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木場公園大橋下・中地区です。
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三つ目通りの近くです。ピンクのベールのようです。
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そこから木場公園大橋のほうに行くと 今度は矢車草です。
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赤いのもありあす。
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もう少ししたら シャーレーポピーが咲き 美しいお花畑になります。
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赤白 ピンク 青や 紫の花が咲き乱れ 極楽浄土のようになります。
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シャーレーポピーが満開になるのが楽しみです。
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2013年04月27日

亀戸・梅屋敷跡(江東区)

亀戸天神東門を出て 北に行きます。
途中にあるのが光明寺です。
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所在地 江東区亀戸3-42-1
光明寺境内には『二世歌川豊国墓』があります。
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門前の石標だけみて墓はみませんでした。
北十間川のほうにむかいます。川の真ん中から区の境になっていて、川の南は江東区です。
浅草通りの歩道にあるのが 梅屋敷跡 です。
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梅屋敷跡 所在地 江東区亀戸3-40、50〜53付近
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「江東区登録史跡 梅屋敷

 梅屋敷は、江戸時代から続く梅の名所でした。もとは本所埋堀(墨田区)の商人、伊勢屋彦右衛門の別荘で清香庵としていましたが、庭内に梅が多く植えられていたところから「梅屋敷」と呼ばれるようになりました。なかでも「臥龍梅」と名付けられた一株が有名で、これはまるで龍が大地に横たわっているように見えるところから、水戸光圀が命名したと伝えられています。また、8代将軍徳川吉宗も鷹狩の帰りにこの地を訪れました。江戸近郊の行楽地として、花の季節にはたくさんの人々でにぎわい、その様子は『江戸名所図会』『絵本江戸土産』(歌川広重)などの地誌にもとりあげられています。歌川広重はこの梅屋敷だけで十数種の版画を描き、とくに「名所江戸百景」の中の、太い梅の古木を手前にあしらった錦絵は傑作のひとつにあげられます。明治43年(1910)、大雨により隅田川沿岸はほとんど水に浸り、亀戸・大島・砂村のほぼ全域が浸水しました。この洪水により、梅屋敷のすべての梅樹が枯れ、廃園となりました。江東区教育委員会」

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亀戸駅のほうに戻ると 明治通りと蔵前通り交差点に 「亀戸梅屋敷」という商業施設があります。3月にオープンしました。
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当時の梅屋敷には、庭一面に梅の木が植えられており、梅の季節になると江戸の人々が集まり、憩いの場となっていた。「亀戸梅屋敷」は、当時の粋な賑わいを受け継ぐ、新たな交流スポットとして誕生したそうです。
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お土産などが売られていますし江戸切子など工芸品のギャラリーもありました。
浮世絵の展示などもありました。
亀戸梅屋敷は、水陸両用バス『スカイダック』の発着場所ですが この日はお休みでした。
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HANEKAME’92  亀戸2-21
JR亀戸駅前にある亀戸駅前広場公園に羽のついた亀の噴水池があります。親亀・子亀・孫亀がそれぞれ背中に重なった格好で、高さ3mあり、一番上の孫亀の背中から水が噴出しています。羽がついているのは、「亀戸地区が未来にむかってはばたくように」(との願いがこめられているそうです。「はねかめ」といいます。

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2013年04月26日

亀戸天神 2

境内のいくつかの石碑などを見てみます。
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筆塚
筆塚は、書家や書道に励む人等が筆の労に感謝するとともに、一層の上達を願って廃筆を納めたものです。
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文房至宝碑
紙筆墨硯は文房四宝と称せられ より高い文化を育てる文具として大きく貢献をしてきた。11月3日(文化の日)を文具の日と定め 全国業者相寄り東宰府亀戸天満宮の境内に文房至宝の碑を建立。
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清水誠の頌碑(燐寸塚)
国産マッチの創始者 清水誠の頌碑。
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亀戸天神社の楷
楷(別名トネリバハセノキ 爛心木)
この楷は、昭和45年(1970)秋金沢文庫(神奈川県)にある雌木から人口交配により得た種子が、翌年春発芽したものである。
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梅鉢紋
道真が梅を愛し、庭の梅の木に

 「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」と和歌を詠み、その梅が大宰府に移動したという飛梅伝説ができたことから、梅を象徴として神紋に梅鉢紋などが多く使用されている。
亀戸天神社 は(変り剣梅鉢)です。
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歌川広重 名所江戸百景 亀戸天神境内
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2013年04月25日

亀戸天神 1

亀戸天神は江戸時代から学問の神様として信仰を集め、梅や藤の名所として庶民から親しまれてきました。
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所在地 江東区亀戸3-6-1
寛文2年(1662)九州大宰府天満宮の神職が、飛梅の木で菅原道真の像を作り、祀ったのが創建といわれています。
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九州太宰府天満宮の境内にならって作られています。
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鷽の碑
毎年1月24日、25日に「うそ替え神事」が行われ、前年のウソを納め、新しいウソを求めると「凶もウソとなり吉にトリ替わる」といわれており、檜の一刀彫のウソに人気があり、たくさんの人々でにぎわっています。
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弁天社
寛文5年、太宰府天満宮(福岡県)心字池畔に鎮まり座す志賀社を勧請したのを始めとしますが 一般には弁天様と親しまれています。
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五歳の菅原道真公像
昭和52年(1977)の御神忌1057年大祭記念として奉納される。
台座に道真公の5歳の時 庭前の紅梅を詠まれた和歌を刻す。

美しや 紅の色なる 梅の花
  あこが顔にも 
     つけたくぞある

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御神牛
道真公は、承和十二年(845)乙丑年の御誕生であり、また御本殿の聖地も牛との神縁によって定まった.
天神様と牛とのかかわりは史実や演技に或は伝承を通して伝えられています。天神様を守護するものとして篤く信仰されています。
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紅梅殿
御本社と時を同じくして寛文2年(1662)に太宰府天満宮の御神木「飛梅」の実生を勧請し、社殿前に奉斎したのを起源とし、昭和63年(1988)に現在地に再建される。
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花園神社
ご祭神は菅原道真公の御奥方.寛文年中亀戸天神社の創建と時を同じくして九州筑紫(福岡県)の花園の地より勧請、爾来花園神社、花園大明神とも号されて、安産・子宝・育児・また立身出世の神として広く信仰を集めている。
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御嶽神社
道眞公の学問の師が祀られている。卯の神と知られている。月毎の卯日はもとより、特に正月の卯日は、陽気を迎えるはじめとして卯槌、卯の神札を求め、福徳・才智・愛敬を願い、除病・延命を祈ります。
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境内にはさまざまな石碑もあります。

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2013年04月24日

亀戸天神藤まつり(江東区)

亀戸天神藤まつり 4月20日〜5月6日となっていますが 今年は開花が例年より早く もうすでに満開とのことで21日に行ってきました。
何年か前にも行ったことがあるのですが 今回は少し花の様子が違うような気がしました。
早かったのか遅かったのかはわかりません。平日ですが 人はたくさんいました。
太鼓橋の上から見た スカイツリーです。
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藤は東京の花の名所として名高く、東京一の藤の名所です。
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江戸時代から「亀戸の五尺藤」「亀戸の藤浪」として広く親しまれています。
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この藤の前でTV中継のリハーサルしていました。(後ろの男性)いい場所を独占されていて 残念!
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15棚100株だそうです。
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朱の太鼓橋と心字池の水面によく映えています。
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太鼓橋は入口の男橋と中ほどの女橋の2か所あります。
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池には亀もたくさんいました。
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江戸時代、亀戸は湿地で初代宮司が水を好む藤を社前に植えられ江戸の名所として五代将軍綱吉公、八代吉宗公が訪れた記録もあり、多くの浮世絵などの題材にも取り入れられています。
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水に赤い橋はコントラストがいいです。
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現代は藤にスカイツリーというのも絵の題材になります。
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スカイツリーが見えるスポットはカメラを構えた人が順番待ちをしています。
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2008年に写した写真にはない 新しい風景です。
http://umeno87.sakura.ne.jp/Photo/08427.html
次は境内を見てみます。
posted by うめのはな at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2013年04月23日

錦糸町から亀戸天神へ

錦糸町駅から錦糸公園前を通り 横十間川沿いに歩きました。
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錦糸公園からスカイツリーがよく見えます。
錦糸橋を渡り川沿いに少し歩くと 亀戸銭座跡モニュメントがあります。
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このモニュメントは、寛文8年に亀戸銭座で造られた「寛永通宝」をモデルに作成したものです。江戸時代の寛文8年(1668年)から安永2年(1773年)の間、一時休止した時期もありましたが約100年間、ここで寛永通宝が造られていました。
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レリーフには、「銭座絵巻」(享保13年(1728年))より銭座で行われていた銅貨製造工程のうち、平研(銅貨の表面を磨く)作業をしている図(日本銀行貨幣博物館所蔵)の絵を参考にしたものが描かれています。
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 寛文3年(1663年)から天和3年(1683年)まで、亀戸2丁目の住宅・都市整備公団団地のある付近で、寛永通宝銭が造られ、「亀戸銭座」と称しました。そこに、「亀戸銭座跡」の標柱が立っています。寛永通宝の裏面は無印のものが多いのですが、造られた場所の文字などが入ることがあり、この時造られた銅銭には「文」の文字が入っており、「背文銭」といわれています。また、明和5年(1768年)にここで造られた真鍮銭には、21本の波模様があるので「波銭」といいます。明和6年(1769年)に造られた真鍮銭には、11本の波があり、その「寛永通宝」の文字は、福住に住んでいた書家三井親和の筆跡です。(江東区HPより)
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すぐそばに 日清紡績創業の地の碑があります。
明治40年に日清紡績株式会社の本社工場がこの地に建設され、洪水や大正12年の関東大震災でも無事でしたが、昭和20年の東京大空襲で焼失してしまいました。 その後 昭和41年に当時の日本住宅公団が住宅を建てる時に、多くの寛永通宝銭が発見されました。
ここからもう少し歩くと 天神橋です。その手前から スカイツリーが大きく見えます。
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天神橋手前を右に曲がると蔵前通り沿いに何やら行列が・・
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くずもちの老舗 船橋屋さんの行列でした。
そこをすぎると すぐ 亀戸天神入口です。
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この期間は「藤まつり」で藤の花が見ごろなので人が多いです。
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次は 藤の花をじっくり見ます。

posted by うめのはな at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2013年04月22日

皇居二重橋など

先日 昭和記念公園に行ったとき 昭和天皇記念館で財布を買いました。。
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菊の御紋入り「皇室本革製サイフ
控えめに 金の菊ご紋が入っています。
中は札入れ カード入れ 小銭入れと薄くて普通に使いやすい財布です。
本革なのに1200円で 安いです。色は3色ありました。
東御苑の売店にも売っていて欲しいなと思っていたので 今回買いました。
皇室関係の売店には上質の皮の財布や小銭入れ、名刺入れがすごく安く売られています。他よりすごく安いです。
皇居外苑で目につくのはこの交番。
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二重橋前交番
正確には祝田町見張所と言います。観光客が多いので 防犯というよりは案内の仕事が多そうです。がかなり古そうですがいつのものかは
わかりません。昭和初期に建てられたようなコンクリート造りです。
そして おなじみの二重橋
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二重橋
「二重橋」とは、皇居正門である石で出来た「めがね橋」と、その奥にある鉄で出来た橋を合わせて、「二重橋」と呼ばれています。
しかし、本来の二重橋とは、奥にある鉄製の正門が二重構造だったので、それを「二重橋」と呼んでいたらしいです。
水に映える桜田巽櫓も美しい姿です。
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桜田巽櫓
桔梗濠沿いに立つ巽櫓。別名、辰巳櫓(三の丸東南の櫓)は、桜田巽櫓(さくらだたつみやぐら)とも呼ばれ 三の丸に唯一残る櫓で白漆喰の端正な姿を見せています。桜田巽櫓は江戸城跡のほとんどの櫓とともに、関東大震災で破損倒壊しましたが、直ちに解体修理されました。
【桜田巽櫓】 巽門の名は、本丸の東南(辰巳)の方角にあるところに由来するもので、桜田二重橋櫓とも言います。櫓は、戦略的には、「石落し」(石垣よりはみ出した出窓部)や鉄砲、矢用の「狭間」などを備えています。(皇居外苑HP)
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和田倉門交差点には、石造の「四阿(あずまや)」が行幸通りの左右に1基づつ配されています。 三角屋根の石造り建造物。警察官が監視するためにある?かなり古そうな建造物なのですが、情報はほとんど見つかりませんでした。

posted by うめのはな at 07:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区

2013年04月21日

新しいパソコン/win8

1か月ほど前に 新しいPCに買い換えました。
今までずっとノートPCでしたが今回はデスクトップ型にしました。もう何台目かは わからないくらい長いPC歴なのですが 前PCはプロ用の高性能のものを買ったので8年たってもまだ現役です。でも1ギガのメモリーでは起動も 処理も遅い・・・・
そこで買い換えました。Windows8です。
セットしてすぐ使ってみたのですが スタートボタンがない!
最初に サインインするのがめんどう。
スタートのアプリメニューが邪魔・・・それに win8のチュートリアルを無視していじっていました。
すぐにチャームを発見したら これはもう習うより慣れろで ひと手間余分なだけで快適に使っています。
デスクトップになれば もう今までと変わりなく使えています。
アプリも その日の天気やニュースやファイナンスの情報がすぐ表示されてなかなか便利です。
起動も早く、処理速度の良く快適。電源を入れてほんの数秒 ふっと一息つく間に立ち上がっています。もっともメモリーもCPUもいいものにしてあるのですが・・・win8は 起動は早いそうです。

スタートボタンがないので最初は 終了時迷いましたがこれもチャームで解決しました。
そうそう・・・説明書がオンラインでしか読めないので 面倒です。
なにより自分で リカバリーディスクをつくらなくてはならないので初心者には 説明書はあったほうがいいかなあーと。

メーラーがないのも戸惑いました。
すぐ Windows live mailをダウンロードして使っています。
失敗は 古いPCのソフトをインストールしてしまったことで 異常が出たことです。
64bitというのを無視してしまったせいです。
あわてて 初期状態に復元してことなきを得ました。
何より 新しい物にははやく慣れろ…それに尽きます。
しかしIE10って・・・いいのか悪いのか・わからないけど グーグルの検索窓がほしい・・・・
タブを利用すればいいのだけどねぇ〜
ツールバーを入れてみたけれど なんだか追跡されていそうで すぐアンインストールしてしまいました。

勝手にメンテナンスやっているみたいだし とにかくまだ詳細は解明していませんがネットは快適です。
posted by うめのはな at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年04月20日

国営昭和記念公園・こもれびの里

日本庭園を出ます。新緑がきれいです。
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第三サークルを下ります。ハナミズキが咲いていました。
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下りきると こもれびの里が見えてきます。
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夏に予定している本オープンを前に、完成した母屋部分を先行公開とのことでしたがプレオープン前で まだ工事中でした。
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「武蔵野の農ここにあり」
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里の小屋
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桃源郷のような景色です。こもれびの里は昭和30年代の武蔵野の谷戸のくらしを再現。昭和30年代まで、武蔵野の農家のくらしは手仕事中心に営まれていました。
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なつかしいような のどかな風景です。平成19年まで実際に狛江地区にて使われていた古民家だそうです。
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「こもれびの里に移築復元された屋敷は、主屋・長屋門・内蔵・外蔵の4棟で、主屋、長屋門、内蔵が東京都狛江市の石井家から移築され、現在は立川市指定有形文化財となっています。また外蔵は東京都あきるの市から移築されました。」と書いてありました。
工事中なのでそばに行ってみることはできませんでした。
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たんぼや水車小屋 炭焼き小屋 茶畑 果樹園や畑なども整備され体験イベントも行われるそうです。
この こもれびの里の上の斜面は 花の丘で 五月には真っ赤なシャーレーポピーのお花畑になります。
180万本の赤い花畑はさぞかし見事なものなのでしょうね。
パンフレットにはあげぼの口からこもれびの里まで 徒歩45分と書いてありますから 日本庭園をめぐったり各花畑をみたりしたので 歩いた距離は相当のものになりました。こもれびの里からまたあけぼの口まで戻り 立川駅まで行きました。4時間ほど滞在し歩数は2万歩以上になりました。それでも 子供の森や運動広場 水遊び広場などは行っていませんから半分くらい回っただけです。しかし午後からですから いささか疲れました。昭和記念公園は目的を決めて 回ったり午前中から ゆっくり回って楽しむのがいいようです。

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2013年04月19日

国営昭和記念公園・日本庭園2

日本庭園は広く じっくりまわればかなり時間がかかります。
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昭和記念公園・日本庭園地図(HPより)
池のまわりを半分くらい歩くと 竹林があります。
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竹林の向こうが盆栽苑です。
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我が国初の国営盆栽苑で平成16年11月3日(文化の日)にオープン。
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「盆栽は自然を愛する日本人の優しい心に育まれてきた日本古来の伝統文化です。また盆栽は植物の成長とともに楽しむ、完成のない『生きた芸術』と呼ばれています。 盆栽苑では作品としての盆栽の鑑賞のほか若木が盆栽へと成長して行く過程をみることができます。」説明書きより。
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対岸の桜がきれいです。橋の向こうに四阿があります。
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昌陽とあります。
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木橋を渡り 四阿で休憩しました。
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亀や水鳥がいました。
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和船です。
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休憩後は 芝生広場の枝垂れ桜を見ながら南の門に戻りました。
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2013年04月18日

国営昭和記念公園・日本庭園1

国営昭和記念公園の一角に、首都圏で戦後つくられたものとしては最大規模となる日本庭園があります。平成9年開園。
南の門から入ります。
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日本庭園は、池の周りに 山や川、滝や芝生があり、四季の花が咲く自然豊かな「池泉回遊式庭園」です。池の面積は 6300平方メートルもあり、池には 和船が用意されているなど、 本格的な池泉回遊式 の庭園です。
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中心には大きな池を造り、西側の岸には「歓楓亭」その南側には「清池軒」があります。
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歓楓亭」は銅板葺き」木造平屋建ての数寄屋建築で、日本でも数少なくなった数寄屋大工ら独特の職人が扱う伝統的な技術をふんだんに取り入りれているそうです。本格的な茶会を催すことができます。
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歓楓亭から眺めはよく 緑の木々があり、小高い岩間からせせらぎが池に流れ込んでいます。
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北の森から湧き出し、落差7メートルの滝から流れ落ちた水は、池にそそぎ込みます。

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休憩棟「清池軒」は、池に突き出して建てられ、対岸からはあたかも池に浮かんでいるような姿です。
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池の周辺をめぐっていくと 木々の色の変化、景観を楽しむことができます。
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2013年04月17日

国営昭和記念公園・菜の花畑

ポピー畑の反対側 原っぱ東花畑は菜の花畑です。
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訪問した11日にちょうど開花したばかりだそうで見ごろにはもう少しという感じでした。
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ナノハナ・アブラナ開花始め。20万株だそうです。
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桜の木がぼんやり薄赤に見えます。
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反対側のポピー畑が絨毯のようです。
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原っぱのシンボル は、中央の大きなけやきの木です。
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ナノハナの花言葉は、‘快活’、‘活発’、‘元気いっぱい’だそうです。
雨もあがり青空が気持ちよかったです。
よく歩いたので しばし休憩。
菜の花畑近くの中央売店でサクラソフトクリームを食べました。
桜の香りがします。砕いた桜の葉が入っているので 桜餅のような味がしました。
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昭和記念公園をぐるっと一周するパークトレインは季節の見ごろのエリアによって停車する場所が異なるようですがゆっくり走るので1周90分かかるみたいです。自転車専用サイクリングコースは1周20kmです。徒歩用でも軽く1周すれば9kmほどで2時間かかるそうです。
いかに広いかがわかります。


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2013年04月16日

国営昭和記念公園・見頃の花

チューリップ畑のすぐそばには芝桜も咲いていました。
規模は大きくありませんが チューリップとよく似あっていました。
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その上のほうにはネモフィラハゼリソウ畑です。
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見ごろになったという頃です。
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もみじ橋近くの丘 北アメリカ西部原産。
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地面を覆うように小さな花を沢山咲かせます。
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色は瑠璃色です。
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渓流上流のムラサキハナ
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昨年12月の例年に無い寒波により、春の生育が順調ではないそうです。
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ソメイヨシノは終わっていましたがまだうっすらとピンク色の木です。桜類は園内に全31種、1500本あるそうです。
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水仙はもうほとんど咲き終わっていました。
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チューリップ畑とポピー畑の間にあるヤマモモの木がきれいでした。
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2013年04月15日

国営昭和記念公園・アイスランドポピー畑

チューリップ畑の前はポピー畑です。
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アイスランドポピーが見頃です。
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原っぱ西花畑.シベリア地方を中心に自生する寒さに強いケシの仲間です。
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黄色やオレンジ色を基調とした華やかな花を咲かせます。
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ポピーのじゅうたんです!
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オレンジ、黄色、白・・・春らしい色彩です。昔こんな色合いのワンピースが流行ったような・・・
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ビタミンカラーとでもいうのかな?見ているだけでうきうきと 明るくて楽しい気分がします。
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赤いシャーレーポピー極楽浄土の気分ですが これは5月半ばに咲きます。秋にはこの場所にコスモスが咲きます。
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これだけ広いポピー畑は一見の価値ありです。
花畑はこれだけではなく ほかにもあります。
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2013年04月14日

国営昭和記念公園・チューリップ畑

チューリップ畑が見えてきました。
小道には木のチップが敷き詰められています。
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入口です。青い花は「ムスカリ」です。チューリップには青はないので、アクセントになっています。
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渓流広場には106品種、21万球を植栽。4月中旬に掛けて見頃となります。
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チューリップの本場、オランダのキューケンホフ公園の元園長ヘンクN.T.コスター氏の監修による都内最大の106種のチューリップ畑」は見事です。
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その光景は、都内とは思えないほどの美しい水辺の風景です。
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色鮮やかなチューリップが一面に咲き誇る姿は、オランダの公園のような雰囲気です。
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通り雨で小雨が降りましたが かえってしっとりとして いい雰囲気でした。
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チューリップにも早咲き遅咲きがあるようで、それをうまく組み合わせているので まだつぼみのものもありました。
長く楽しめます。
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あまりの美しさにまるで おとぎの国に迷い込んだような気がしました。
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水辺とチューリップを堪能したら次は ポピー畑です。
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2013年04月13日

国営昭和記念公園・立川口(立川市)

昭和記念公園は、 昭和天皇在位50周年記念事業の一環として、立川基地跡地に設置された国営の公園で、 財団法人公園緑地管理財団、昭和管理センターが管理しています。戦後米軍が旧陸軍施設を接収した立川市と昭島市の両市にまたがる立川基地跡地のうち、180haを記念公園として建設することが閣議決定されました。大規模な震災や火災が発生した場合は、避難場所としての機能を果たすよう設計されています。
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木が公園の奥へ誘う、通路になっています。
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公園の象徴である立川口の カナールと、モニュメント の彫刻と噴水は、 春にはさつきなどの花が咲いて美しいです。カナールの脇の 銀杏並木が公園の奥へ誘う、通路になっています。
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ふれあい橋を渡ると水鳥の池があります。正面は眺めのテラスです。豊かな水とのふれあいです。ボートハウス、9つのプールや渓流広場があります。子どものためのゾーンはもちろんのこと サイクリングや大人のためのスポーツ エリアがあります。ドッグランもあり犬を連れた人も見かけます。
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ここを右に曲がり桜のウコンの花を見ました。ソメイヨシノの時期はすぎていましたが 八重桜が咲いていました。
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乙女椿もまだ咲いていました。
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花木園をすぎるともうすぐ 原っぱ西花畑です。
昭和記念公園の魅力は、 花の美しさです。
春には桜の園はもちろん ポピーの花チューリップ、菜の花、秋にはコスモス の花が、数十万本植えられ、冬の最中でも、 山茶花、椿の花が咲いているなど、 一年中花が絶えない公園になっています。

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2013年04月12日

国営昭和記念公園・あけぼの口(立川市)

国営昭和記念公園のお花畑を見に 立川へ行きました。
東京駅から特別快速に乗ると 40分足らずで行けます。
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中央線1番ホームからは 駅の屋根が間近に見えます。
立川駅は東京駅から特快8つ目。
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駅からの2F通路で伊勢丹に入り まずは食事。
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11時〜12時まで限定15食のアーリーランチ(945円)をモレットで食べました。
京野菜のお店らしいですが とてもおいしかったです。
腹ごしらえが終わり 昭和記念公園へ向かいます。駅からあけぼの口までは10分くらいです。
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八重の枝垂れ桜が咲いていました。
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あけぼの口のみどりの文化ゾーンへの入園は無料です。
ここには花みどり文化センター昭和天皇記念館があります。
昭和天皇記念館は有料です。
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昭和天皇記念館
和天皇御在位五十年記念事業の一環として設置された国営昭和記念公園の「花みどり文化センター」内に設置され、緑を愛された昭和天皇の生物学ご研究や昭和天皇、香淳皇后のご遺品・写真等の昭和天皇ゆかりの資料を展示しています。
御成婚の折の写真をはじめ、大正天皇やお子様がたの写真、香淳皇后の日本画、調度品、等の数々 生物学研究の標本や研究室なども展示してあります。昭和3年即位の礼の鹵簿(お列)模型12分の1もありました。
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当時の技術の粋を集めた 国産初の御料車も展示されていました。
「関東大震災」時 山持内閣親任式の絵画2点はここでしか見れないそうで 係員の人が詳しく絵の内容を説明してくれました。
この記念館は5万件を越す企業、団体、個人の寄付によって出来たものだそうです。
畏れ多くも・・・という時代から 身近に見えてきたた昭和天皇のお姿を歴史を追ってみることができました。
この花みどり文化センターでは 写真展や絵画展が開かれていて 無料でみることができました。
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休憩コーナーでコーヒーを飲んで一休み。
平日だからなのか このセンターを訪れていた人は少なかったです。

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2013年04月11日

クルトゥハイム聖堂(千代田区上智大学)

上智大学四谷キャンパス構内のSJハウスに隣接する聖堂クルトゥルハイム聖堂に行く。
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クルトゥルハイム聖堂は関東大震災や第2次世界大戦中の空襲でも被災を免れ、今や大学構内に現存する唯一の明治期の建築物です。
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「1912年に高島鞆之助子爵より購入した上智大学内で最も古い建物である。上智会館の取り壊しに伴い、学内における唯一の聖堂となった。クルトゥルハイムの意味はドイツ語で「文化の館」を意味している。種々のミサ、坐禅、祈りの集い、卒業生の結婚式などに利用されています。 」元在学生である遠藤周作の小説『深い河』及び『女の一生』の舞台となったことでも知られている。
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SJハウスに行き 見学を申し込むと内部は見学できないが 前庭から外観を見ることができるとのことで入らせてもらいました。年に一度公開されているそうです。
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クルトゥルハイム聖堂(1896-97) 
千代田区紀尾井町7−1上智大学構内
クルトゥルハイムは明治後半に建てられたネオルネッサンス風を基調とした建物で、上智大学構内にあります。外壁は、装飾を抑えた比較的シンプルな仕上がりとなっており、1階部分は石積み風、2階部分は茶系のタイル貼り、軒下から屋根廻りは木仕上げにするなど建物に変化を与えており、ペディメント(三角破風)を配した玄関が重厚な印象を与えています。
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旧名:高島鞆之助邸
もとは高島鞆之助中将(子爵)邸。建築時期は、高島中将が第二次松方内閣で陸軍大臣を務めた1896−97年頃と推定。1912年、大学建設用地を求めていたイエズス会が、高島邸を中心とする約4,300坪の紀尾井町の土地を入手(現在の四谷キャンパス)。

1937年、旧高島邸は上智大学クルトゥルハイム(ドイツ語で「文化の館」の意)として開所。当館は関東大震災、第二次大戦時もほとんど無傷で残り、紀尾井町の土地購入時の唯一現存する建物(煉瓦造・スレート葺の二階建)』
高島 鞆之助(たかしま とものすけ)
天保15年11月9日(1844年12月18日) - 大正5年(1916年)1月11日)は、日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人、政治家。薩摩藩士・高島喜兵衛の四男。諱は昭光。階級は陸軍中将、位階は正二位、栄典は勲一等、爵位は子爵。陸軍大臣・拓殖務大臣・枢密顧問官等を歴任した。また、現在の追手門学院小学校の前身である、大阪偕行社学院の設立者でもある。
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玄関前にイグナチウス・ロヨラ像がありました。
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イグナチオ・デ・ロヨラ(1491年-1556年) バスク人のカトリック教会の修道会イエズス会の創立者の一人にして初代総長.
イエズス会は上智大学の設立母体となった 。
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2013年04月10日

上智大学1号館(千代田区)

上智で一番古い建物といえば正門入ってすぐのところにある1号館です。
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所在地 千代田区紀尾井町7
竣工 :1932年(昭和7年)
所在地:千代田区紀尾井町7-1
設計 :マックス・ヒンデル
施工 :木田保造(木田組)
構造 :鉄筋コンクリート造4階建、地下1階
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チェコ人の建築家ヤン・レッツェルが設計した旧1号館が1923年の関東大震災で崩壊し、その代わりの建物として世界中から募金を募り建てた。千代田区景観まちづくり重要物件に指定されている。
 昭和7年(1932)竣工。設計者のマックス・ヒンデルは1887年、スイスに生まれた建築家です。ヒンデルは、日本各地のカトリック教会を設計しており、カトリック神田教会もヒンデルの作品です。
 1階廊下の梁が、アーチ形をしておりそれが連なる様子はヨーロッパの修道院を思わせます。
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大学正門守衛室のすぐ隣にある銅像です。
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ヘルマン・ホフマン胸像(千代田区紀尾井町7上智大学)
ヘルマン・ホフマン 1864〜1937 ドイツ
作家、カトリック教会司祭、1912年上智大学設立、初代学長
制作年=昭和12年
上智大学内にはクルップ社からの寄付で建てたクルップ・ホールがあります。
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クルップ(Krupp )は、ドイツのエッセンにある長い歴史を持つ重工業企業である。1999年にティッセン社と合併し、ティッセンクルップが誕生。巨大な工業コングロマリットとなっている。鋳型に模様をつけることで、柄に花などの模様のあるスプーンを最初に作り出したのはクルップだった。
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この模様も何か意味があるのでしょうか・・・
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2013年04月09日

四ッ谷見附橋


四ツ谷駅を出ると広い空間が広がっている。
これは江戸城外濠の真上に駅が作られているから。外濠の上に駅があり、そこから新宿通りの四谷見附橋に道が結ばれている。
四ッ谷見附橋  陸橋です  
麹町六丁目から新宿区に通じる、麹町大通り(新宿通り)にある橋です。大正2年(1913)9月10日に始めて架設した橋で、長さ38.6m、幅22mでした。東宮御所(現迎賓館)の近くなので、橋の装飾にフランス式手法を採用するなど、豪華な橋でした。現在の橋は、平成3年(1991)10月5日に完成、長さ44.4m、幅40mの鋼橋です。その際JR四ッ谷駅舎が改築され、駅前広場も整備され、四ッ谷見附橋一帯は面目を一新しました
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四ッ谷駅前に架かる「四谷見附橋」は都内最古の陸橋として知られている。近くには迎賓館や赤坂御用地などもるからか 親柱・欄干・橋灯などの橋のデザインも含め当時の最高技術を用いられて作られている。
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親柱には皇室の菊の紋章が彫られているのがわかる。
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「大正二年九月成」と書かれた四谷見附橋のプレート。
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もっとも現在の橋は新宿通りの拡幅工事に伴い架け替えられていて、初代の橋は八王子の多摩ニュータウン内の長池公園に移設されて「長池見附橋」という名前に変わり現在も使われている。
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橋を渡ってすぐに目に入るのが聖イグナチオ教会です。
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聖イグナチオ教会堂
所 在 地  : 東京都千代田区麹町6-5-1
坂倉建築研究所東京事務所
竣工年月 : 全体の竣工1999年5月。第1期(大聖堂及び地下聖堂)の竣工
用  途 : カトリック東京大司教区麹町教会(カトリック・イエズス会)
規  模 : 建築面積 :6,061u 延べ床面積:7,333u
構  造 : RC造一部S造 地上4階、 地下1階
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聖イグナチオ教会は、1936年(昭和11年)に「麹町教会」として設立された。しかし、1945年(昭和20年)に戦争による空襲で全焼。 その後しばらくの間、上智大学の「クルトゥルハイム聖堂」を臨時の麹町教会として使用していた。1947年(昭和22年)に麹町教会の運営は、イエズス会に委託され、教会の名前も「聖イグナチオ教会」となった。
1949年(昭和24年)4月17日の復活の大祝日に木造の大聖堂が完成した。当時は建設資材が不足していたので、鉄筋コンクリート製にはできず、大型建築物にもかかわらず木造モルタル製となった。長い間、木造の旧聖堂が親しまれてきたが、建物の老朽化により、1998(平成10)年1月11日に旧聖堂は役目を終えた。
同年1月10日と11日のミサで遷堂式が行われ、旧聖堂から新聖堂へ、聖堂としての機能が移された。新聖堂は現代的な円形の建物だが、聖堂の壁には12枚のステンドグラスが施され、光に満たされた美しい建物になっている。
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2013年04月08日

三菱一号館/ 歴史資料室

三菱一号館は丸の内における最初のオフィスビルであった。赤煉瓦と棟割長屋の平面形式を特徴とする、英国ヴィクトリア朝時代のクィーンアンスタイルの建物は、文明開化の象徴的な存在となり、その後、次々と煉瓦造りのオフィスビルが建設されました。
三菱一号館 美術館外観です。
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1894 (明治27)年、英国人建築家・ジョサイア・コンドルによって設計されたオフィスビルは1968年(昭和43年)に解体されましたが、「当時とできるだけ同じ材料・工法で可能な限り忠実に復元する」ことにこだわり、わずかな保存部材・解体時の実測図、当時の設計図、写真等に基づいて復元していきました。
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2009年に復元、翌年4月に美術館としてオープン.
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窓枠石・階段の石・マントルピースの保存部材も活用。
中庭スペースである一号館広場は都心とは思えない緑豊かな空間で四季折々の緑や花が楽しめます。
もちろん商業施設も充実していますから 昼休みは賑わいますし 広場は丸の内のオアシスです。
三菱一号館の復元や、丸の内の歴史を紹介する 三菱一号館 歴史資料室があります。歴史資料室では常設展示を設けておらず、年間に何回かの企画展を開催しています。三菱に関することや、創業家の岩崎家に関すること、丸の内や銀座に関することなどを扱っています。
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丸の内・近代ビジネスマンのくらし展

本展は1894年から第二次世界大戦前夜の1937年に時代を設定し、その当時丸の内で働いていたビジネスマンの「暮らし」と「風俗」、「ビジネス文化」に焦点を当てて紹介するものを開催中でした。こちらは無料で誰でも自由に入ることができます。なお、隣接している「三菱センターデジタルギャラリー」も同様に無料となっています。
三菱センターデジタルギャラリーでは岩崎家が所蔵していた国宝4点をデジタルで見ることができました。
拡大や角度を変えてみることができるので 先日見に行った「曜変・油滴天目−茶道具名品展−静嘉堂文庫美術館」の国宝をもう一度じっくり見てきました。


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2013年04月07日

奇跡のクラーク・コレクション― ルノワールとフランス絵画の傑作

三菱一号館美術館で開催中の「奇跡のクラーク・コレクション― ルノワールとフランス絵画の傑作」展に行って来ました。
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美術館入口です。
ルノワール、ピサロ、シスレー、モネなどフランス印象派絵画全73作品中61作品が、初来日!2013年2月9日(土)〜2013年5月26日(日)三菱一号館美術館(東京・丸の内)にて開催。今回展示される作品は、アメリカ北東部にあるクラーク美術館所蔵の73点。2010年の増改築工事に伴い、2011年より3年の月日をかけ、世界各地を巡回しています。
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クラーク美術館は、ニューヨーク・ボストンから車で約3時間かかる場所にあり、アメリカ人でも気軽に行ける場所ではないそうです。
クラーク美術館を開設したクラーク夫妻は、無類のルノワール好きだったそう。今回、日本で初公開される展示品も22点がルノワールの作品です。印象派の絵画作品を中心に展示する企画展で タイトルに「奇跡」と銘打たれていることからも 増改築が終わってしまうと所蔵作品が再びまとまった形でやってくることはまずないそうで、美術愛好家の中ではかなり前か注目されているそうです。
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展覧会のチケットや図録の表紙にも使われている、「劇場の桟敷席(音楽界にて)」 1880年。肖像画として描いたものの注文主が受け取らなかったので、右上にあった男性の姿を消して画面を造り換えたそうです
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ルノワール、モネ、ピサロ、シスレー、モリゾ、ドガ、セザンヌなど、1840年前後に生まれた一群の若い画家たちの絵が進化していくのもわかります。これだけの画家の作品を収集できたのも ロバート・スターリング・クラーク(Robert Sterling Clark/1877-1956)とその妻フランシーヌ(Francine Clark/1876-1960)の高い審美眼にほかなりません。スターリングの祖父はミシン製造会社として名高いI.M.シンガーミシンの創業者。大富豪の一族なのです。現在クラーク美術館は30点以上にのぼるルノワールの油彩画を所蔵しています。
おなじみの画家の絵が並んでいるのですが 初めて見る絵が多く 驚きと感激でした。個人的には ルノワール 「シャクヤク」 1880年頃 の絵がルノワールにしては斬新で 印象的でした。
この三菱一号館 美術館はいいものを見せてくれます。
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2013年04月06日

JPタワー 「KITTE」

3/21にオープンしたJPタワー 「KITTE」に行きました。
1931年、日本最大級の郵便局として東京駅の丸の内口前に建造された東京中央郵便局は東京駅駅前広場に面する部分を中心に一部保存し再建しました。
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東京都千代田区丸の内二丁目7番2号

駅前広場に面する低層棟(北側および東京駅丸の内駅舎に面する北東側部分)は、東京中央郵便局の旧局舎外観を再現(ファサード保存)している(原設計は吉田鉄郎による)。
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外観は旧局舎をおおむね完全再現しているが、工事の際に壁面が弧を描いている部分(この部分は一時解体された)を回転軸とし、北東側部分を曳家で時計回りに0.9度、円弧の長さで約1m移動させている。
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「KITTE」は地下1階から6階まで7つのフロアーです。
郵便局、公共貢献施設、商業施設の一部は、旧東京中央郵便局の保存部分に配置し、歴史的建物の空間を再活用しています。
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「KITTE」のオープンに伴い、世界的に活躍する日本画家、千住博氏が描かれた桜の画の拡大プリントに、千住氏とみなさんでペインティングして、作品に仕上げるアートプロジェクトが「想い桜」です。
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福島県三春町にて千住博氏が滝桜のラフスケッチを描きました。募集した一般参加者が協力して千住氏が描いた桜の画の拡大コピーの上から丁寧に着色し、横8m×縦10mに及ぶ桜の巨大絵画を完成させました。
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4月14日まで1F アトリウムに展示されます。
1週間ほど前に行ったのですが すごい人で・・・・食事をしようと思いましたが並ぶのが嫌で 商業施設の見学もせず出ました。
意外にも外に面した1Fのお店はすいていて 食事をゆっくりとすることができました。
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UCCコーヒーのお店。コーヒー&バー『東京ロビー』
仔牛のステーキランチ コーヒー付き 1300円
コーヒーも美味しかったし 穴場かな・・と。少しすいたころ店内見学でもしようと思います。


posted by うめのはな at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区

2013年04月05日

大横川の桜並木・江東区

大横川の桜並木を見てきました。
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先週の花見は満開でしたが 花散らしの風雨のあとで 半分は散っていました。
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今年の花見は土日の天気が悪くて 残念です。
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桜まつりの タイミングも開花と祭りのスケジュールが合わなかったりしたのに天気が悪くて・・・
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どうやら明日あさっての天気も大荒れとのことで 今年の桜もみおさめのようです。
次は八重桜に期待しましょ。
posted by うめのはな at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

日本橋さくら通り

先月末 日本橋さくら通りに行きました。日本橋さくら通りは東京都中央区八重洲にある東京駅から茅場町方面に伸びる、約1kmの細い通りです。歴史は結構古く、昭和11年に桜が植樹された後に戦災で焼失し、昭和31年に改めて植樹されその時に『さくら通り』と命名されました。 東京都中央区八重洲1丁目5
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東京駅八重洲北口から茅場町に向かう二車線の一方通行の通りで、日本橋付近では左手に老舗の高島屋を望みながら続いています。

 桜の季節には約169本植えられている桜がトンネルを作り出します。日没後にはライトアップでさらにその美しさを際立たせています。
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八重洲〜日本橋はオフィス街なのですが 桜の咲くころのこの通りだけは 別の地区のようです。桜まつりも開催されます。
日本橋高島屋の1階正面ステージには、「2013春 華のおもてなし」が行なわれ、華道家元 四十五世 池坊専永による作品を展示してありました。
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その脇には日本橋高島屋開店80周年記念としてジオラマ作家 山本高樹氏が制作した開店当時(1933年)の日本橋高島屋(日本生命館)のジオラマを展示中でした。
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山本高樹 昭和幻風景 ジオラマ展は昨年10月に8階ホールで開催されました。ブログ記事です。

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2013年04月04日

憲政記念館

憲政記念館は国会の組織や運営などを資料や映像によってわかりやすく紹介するとともに、憲政の歴史や憲政功労者に関係のある資料を収集して常時展示するほか、特別展なども催しています。
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所在地:東京都千代田区永田町1-1-1
設計者:海老原建築設計事務所 竣工:1970年
憲政記念館は、1970年(昭和45)にわが国が議会開設80年を迎えたのを記念して、議会制民主主義についての一般の認識を深めることを目的として設立され、1972年(昭和47)3月に開館しました。
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尾崎行雄銅像
憲政記念館入口に「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄の銅像があります。
水をたたえた池には鯉たちがゆったりと泳いでいます。が、お世辞にもきれいとはいえませんでした。
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スェーデンから寄贈されたという黒い大きな御影石の石碑があります。
人生の本舞台」と書かれtいます。
“人生の本舞台は常に将来に在り九四翁行雄
現在なしていることは、すべて将来に備えてのことである という意味で、昭和八年の秋、寸暇を得て郷里の三重県に帰った晩年の揮ごうである。
政争に明け暮れた78年間を振り返り、「老成に安んぜず将来に目を向けねばならぬ」と自戒を込めた句である。
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玄関入口前には仮議事堂の門柱と英国議事堂の飾り石。
仮議事堂の門柱
3代目の議事堂はたった80日の突貫工事で完成している。この仮議事堂は霞ヶ関1丁目にある現在の経済産業省の場所にあり、その仮議事堂の門柱の頭部が憲政記念館の玄関前に置かれている。
英国議事堂の飾り石
英国国会議事堂で使用されていた飾り石。
尾崎記念会館(現 憲政記念館)建設を記念してイギリス政府から寄贈されたものである。
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受付カードに記入後館内を見学します。
受付前には尾崎行雄メモリアルホールが」あります。
米ワシントンにあるポトマック河畔の桜並木です。1912年、当時東京市長を務めていた尾崎行雄(憲政の神。1858〜1954)が、ヘレン・タフト米大統領夫人の要望を受けて寄贈したものです。日米友好の証として、ワシントンの春を彩る桜は100年以上経ても美しく咲き誇ります。
ここには 尾崎行雄の足跡や遺品・著作・写真などが展示されています。
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国会のジオラマ
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議場
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4分の3の国会の議場を再現した「議場体験コーナー
歴代の内閣総理大臣が演説する映像を議席に座って観覧したり、記念写真を撮ることができます。
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扉の装飾も椅子も本格的です。
2階の展示室は撮影禁止です。
「憲政の歩みコーナー」など 現在の国会に至るまでの憲政の歩みや資料などが展示されています。
その他1Fには議場で使われる名札や 計数器 水差しなども展示。国会の組織や運営などが資料がわかりやすく展示されています。
見学は予約ではなく無料。見学者は少なかったです。


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2013年04月03日

国会前庭・北側洋式庭園

北側洋式庭園は、江戸時代のはじめに加藤清正の屋敷、次いで彦根藩井伊氏の上屋敷があったところで、幕末の大老井伊直弼はここから内堀(桜田濠)沿いの道を桜田門に向かう途中の路上で桜田門外の変に遭った。明治時代になって当地は国有地となり、はじめ弾正台、のちに参謀本部・陸軍省が置かれた。そして陸軍省が廃止された戦後に衆議院の所管に移され、周囲の土地区画整理や道路拡張の後に洋式の庭園に整備された。
国会前庭洋式庭園はドラマの「相棒」によく出てくるところです。
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北庭には多種多様な桜が約160本あり、それぞれの開花の頃には見事な競演の様子が楽しめます。真新しい巣箱がかけられていました。桜の開花の頃、超党派の国会議員で構成される「鳥類保護議員懇話会」のメンバーと地元小学校の児童らによる巣箱かけが行われるそうです。
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また、日本さくらの会による桜の植樹も行われており、年々彩りを増やしています。
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庭園内の桜は多種にわたり、うこん桜、思川、天の川、市原虎の尾、八重紅大島や普賢象、麒麟、関山、静香などがあります。
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この枝垂れ桜の後ろの建物は 霞ガーデンというレストランです。
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北地区の中心には三権分立を象徴するとされる時計塔が建てられており、シンボルとなっています。
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時計塔
「この時計塔は尾崎記念館(現 憲政記念館)建設時に、施設の一環として塔前面の噴水池、花壇とともに設計され、昭和35年(1960)7月に完成した。
 三面塔星型は、立法、行政、司法の三権分立を象徴したものである。また、塔の高さは「百尺竿頭一歩を進む」ということわざの努力の上にさらに努力して向上するの意味から、百尺(30.3メートル)より高くした31.5メートルに設定された。
 時計は、時間を厳守した尾崎行雄を称えてスイスから贈られたものであったが、現在は国産のものに改修されている。
 チャイムは、10時・13時・17時・22時の4回鳴動する。これは、衆議院、参議院の会議開会時刻と退庁、就寝時を標準にしたもので、その音響は、静寂時には5キロメートル周囲に響き渡った。」
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所在地 千代田区永田町1-1 (国会前庭)
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また、軍事的な理由から全国の測量を進めた参謀本部陸地測量部(国土地理院の前身)がこの地に置かれていた名残である日本水準原点が園内に存在することが有名。ローマ風神殿建築に倣ったトスカーナ式の配列形式をもつ本格的な模範建築で、
明治期の数少ない近代洋風建築として東京都指定有形文化財(建造物)にも指定されています。
日本水準原点標庫は、日本水準原点を保護するための建物である。原点は日本水準原点標庫の内部正面にある、菊花紋章をあしらった黒い蓋を外したところに存在する。誤解または混同されがちであるが、建物自体が水準原点であるわけではない。
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日本水準原点標庫 都制定有形文化財(建造物)
「日本全国の統一された標高決定のための基準として、明治24年(1891)5月に水準原点が創設されたが、この建物はその水準原点標を保護するために建築されたものである。設計者は工部大学校第1期生の佐立七次郎(1856〜1922)。建物は石造で平屋建。建築面積は14.93uで、軒高3.75m、総高4.3m。正面のプロポーションは柱廊とその上部のエンターブラチュア(帯状部)tpペディメント(三角妻壁)のレリーフ装飾で特徴づけられる。
 日本水準原点標庫は石造による小規模な作品であるが、ローマ風神殿建築に倣い、トスカーナ式オーダー(配列形式)をもつ本格的な模範建築で、明治期の数少ない近代洋風建築として建築史上貴重である。
 平成9年(1997)3月31日建設  東京都教育委員会」
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設計者は佐立七次郎。佐立の最初期の作品
エンタブラチュアのフリーズ部分には菊花紋章と共に右から「大日本帝國」と刻まれており、「大日本帝国」号を残す数少ない公的建造物でもある。
説明板があります。
「ここにある石造りの建物の中には、国内の高さの測量の基準になる日本水準原点が納めてあります。

土地の高さは、平均海面を基準に取りますが、実用的には地上のどこかに、高さの基準となる点を表示しておく事が必要です。
このため、明治24年(1891年)に水準原点がつくられ、当時、隅田川河口の霊岸島で行われた潮位観測により、水準原点建物内部の水晶板のゼロ目盛りの高さが、東京湾平均海面上24.500mと決定されました。

水準原点のあるこの地は、山の手の台地で、原点の礎石は、地下10mあまりの強固な地層から築いてありますので、下町の沖積地のように甚だしい地盤沈下を起こすおそれはありません。
しかし、大正12年(1923年)の関東大地震では、この付近一帯に相当の地殻変動があり、測量の結果、原点の高さは東京湾平均海面上24.4140mと改定されました。さらに、平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の影響による地殻変動が観測されたため、平成23年10月21日に、東京湾平均海面上24.3900mと改定されました

現在では、神奈川県三崎の油壺験潮場で実施する潮位観測及び定期的に行われる水準原点〜油壺間の水準測量によって水準原点の高さを点検しています。」
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一等水準点
一等水準点が何個か設置されています。そのうちの一つの蓋です。中央に「丙」とあります。甲乙丙の丙です。通常はこの一等水準点を使用し、また、水準原点のチェックにも用いるようです。
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時計塔のある北庭からは皇居、霞ヶ関や丸の内方面まで見渡すことが出来ます。
この地の由来という石碑があります。
この地の由来
「室町時代の末期、太田道灌がよんだ『わが庵は松ばらつづき海ちかくふじの高根を軒端にぞ見る』という歌の松原の一角に連なっていたこの地は、江戸時代のはじめ、加藤清正が居住し、寛永年間に井伊家の居所となり、明治初頭に及んだ。開国の難衝に当たった大老井伊直弼もここに住んでいた。明治以降、弾正台ついで参謀本部の所在地となった。この地にある日本水準原点は、明治二十四年に設けられた。昭和二十七年、この地は、衆議院に移管され、三十五年、憲政の功労者尾崎行雄を追念して、ここに浄財で記念会館が建設された。」
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尾崎行雄記念碑
所在地 千代田区永田町1-1 (国会前庭)

「 尾崎行雄は、民主主義と世界平和とのために一生をつらぬいた。若くして自由民権運動に身を投じ、保安条例に座して首都を追われ、海外に亡命したが、国会開設とともに衆議院議員に選ばれ、以来、議席にあること63年、世界議会史上の記録をなした。素志は藩閥軍閥の打破、民主政治の確立にあり、あらゆる権力に弾圧に屈せず、つねに民衆の陣頭にあってたたかった。その雄弁は天下に鳴り、憲政擁護の起るや、世は彼を仰望して権勢の神と称した。軍国主義が一世を支配し、戦雲急なるに及んでも、平和の新年をまげず、三たび辞世をふところにして議政壇上に立ち、国論に警告することをやめなかった。つとに世界連邦を提唱し、議会政治の父と仰がれつつ一生の幕を閉じた。高風を追慕する国民の支援と国際的賛助とにより、ここにこの記念会館が成ったのである。
 1960年2月25日しるす」
すぐそばに憲政記念館があるので そこにむかいます。憲政記念館周辺が遅咲きのさくらの見どころとなっています。

posted by うめのはな at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区

2013年04月02日

国会前庭・南側和式庭園

地下鉄桜田門駅を出ると国会議事堂の正面、イチョウ並木の両側に庭園があります。
北側の洋式庭園と南側の和式庭園とに分かれている。総面積は5万5000平方メートルと広い。
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東京都千代田区永田町1-1-1
国有地で、衆議院が管理している。
南側は霞ヶ関離宮があった純日本風庭園で都心部の静かな憩いの場所である。
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南庭は池のほとりに東屋がたち、小川や滝を配した庭園です。
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南地区は、江戸時代は九鬼氏の屋敷、明治期以降は有栖川宮邸を経て、霞ヶ関離宮となった場所であった。現在では和風を基調とした回遊式庭園になっている。
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桜の花びらが池に浮かんできれいです。
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ここは 人もほとんどいなくて 静かでゆっくり歩きながら桜を楽しみました。
よく手入れされた庭です。
国会前庭は桜やハナミズキをはじめ、四季を彩るさまざまな自然を楽しむことが出来ます。
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南庭遊歩道から議事堂が見えます。
出ると 正面が国会議事堂です。
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横断歩道を渡り 北庭に移動します。
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桜の咲いているのが北庭。
posted by うめのはな at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区