2013年12月09日

百花園〜白鬚神社

向島百花園を出て白髭神社に向かいます。
sirahige (1).jpg
右手に200m程で いかにも下町という古い家並みの路地を歩きます。
sirahige (2).jpg
街角にある路地尊。お地蔵様でもいるのかしら・・と思えば消火栓。
「路地尊とは、路地の安全を守るシンボルです。名前の由来は「地域のコミュニティの場であり、災害時には避難路になる路地を大切にしながら自分たちの手でまちを守ろう」という考え方から、その名が付けられました。」とのことです。
そういえば東向島駅からの道でも見かけました。
sirahige (3).jpg
みごとな銀杏の白髭神社が見えてきました。
sirahige (4).JPG
白鬚神社  墨田区東向島3-5-2
天暦五年(951)近江国志賀郡境打颪(滋賀県高島市)琵琶湖湖畔に鎮座する白鬚神社の御分霊としてお祀りしたことが始まり。(隅田川七福神の寿老神)
sirahige (5).JPG
境内は黄金色
sirahige (6).JPG
白髭神社の鳥居です。
sirahige (7).JPG
鳥居を境内側から見ています。黒い案内板があります。
terajiman (2).jpg
寺島ナスの説明板です。
terajiman (1).jpg
寺島ナス
「かつて、白鬚神社の周辺は寺島村といいました。元禄郷帳(1688〜1704)によれば、この地域一帯は、水田を主とする近郊農村でしたが、隅田川上流から運ばれてきた肥沃な土はナス作りにも適し、ナスの産地として、その名も「寺島ナス」と呼ばれていました。
 享保20年(1735)の「続江戸砂子温故名跡志」には、「寺島茄子 西葛西の内也。中の郷の先、江戸より一里余」とあり、「夏秋の中の嘉蔬とす。」また、文政11年(1828)の「新編武蔵風土寄稿」には、茄子として、「東西葛西領中にて作るもの」として「形は小なれどもわせなすと呼び賞美す」と江戸近郊の名産であることが記されています。
 農家は収穫したナスを船を使って、千住や、本所四ツ目、神田の土物店(青物市場)等出荷していました。江戸時代、悠々と流れる隅田川の東岸。田園地帯であった寺島に、後世に伝えるに値するナスの銘品があったのです。 平成9年度JA東京グループ」
mukoujima (121).JPG
境内には 寺島ナスの鉢植えが2つありました。
もうナスは2〜3個しかなく終わりかけでした。
実は鶏卵ほどの大きさで、黒紫色で光沢のある皮は硬い。江戸時代に寺島村(現在の墨田区東向島付近)で盛んに栽培され、その後栽培が途絶えたものを、近年になり復活させたものだそうです。
posted by うめのはな at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区