2013年12月21日

明治から昭和初期までの宮廷服(文化学園服飾博物館)

文化学園服飾博物館に行きました。
bunkaf (2).JPG
(東京都渋谷区代々木3-22-7)
文化学園創立90周年記念特別展明治・大正・昭和戦前期の宮廷服 -洋装と装束-を見てきました。
2013年10月23日(水)〜12月21日(土)
bunkaf (5).JPG
チラシにはこのような説明文がありました。
「明治時代から昭和戦前期には、天皇を中心とする体制のもとで独自の宮廷服が着用されました。明治政府は、近代国家建設のためにヨーロッパの制度や文物を積極的に導入し、この一環として、洋服を宮廷服とすることが決定されました。また一方では、伝統的な装束が着用される場合もありました。宮廷の儀式や行事のそれぞれに応じ、天皇・皇后・皇族・華族・文官・武官などの身分によって着用すべき服飾が詳細に定められ、これら宮廷服には近代日本の一側面が示されていると言えるでしょう。本展では、大礼服と呼ぶ男女の洋服、束帯や十二単、袿袴などを中心に80点余りを出品します」
bunkaf (4).JPG
大正天皇の御祭服、皇族の束帯と十二単、明治天皇の皇后(昭憲皇太后)と秩父宮勢津子妃の大礼服などをはじめとする宮廷服が展示されていました。
明治天皇がお召しになられたという陸軍の軍服の展示もあり、これは明治神宮のご神体ともなっている衣服だそうで、門外不出のところ、特別に借用されてこられたといいます。
1930年代に着用された陸軍将官の正装は、肩章の星の数や袖の模様で階級を示しているし 金色の刺繍も違っていて 身分や階級による違いがわかり面白いものでした。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の華族制度を採用しています。
昭憲皇太后(明治天皇の皇后)が新年拝賀の際に着用した大礼服は、膨らんだ袖と釣り鐘型のスカート、ビロードの長い引き裾が特徴。絹糸で菊の花の刺しゅうを施すなど日本の意匠の特徴を取り入れています。腰部から下りる赤いビロードのトレーンは、幅3m、長さ4mもの重く長いもので、裏側には取手があり、お付きの人がこの裾を持って歩いたそうです。
平成7年に亡くなられた秩父宮勢津子妃のものがたくさん展示されていました。
1Fに降りると 束帯や十二単ひとえなど日本の伝統的な装束が展示されています。
華やかな十二単や「御祭服ごさいふく」などもありました。
伝統的な装束ですが 靴が草履ではなく袴と共布のミュール風なのは驚きました。ですね。
昭和記念館や聖徳記念館など折にふれ 皇室関係の品々を見てきましたがこれだけそろっているのは初めてで 見てよかったです。
ずらりとならぶ男性の大礼服や軍服は壮観でした。ドレスより軍服のほうが豪華かも・・・
bunkaf (3).JPG
いろいろな催しをやっているそうなので機会があればまた行きたいです。
posted by うめのはな at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術館・博物館・芸術鑑賞