2012年05月22日

御茶ノ水 神田の家

神田明神のすぐ隣、宮本公園内に黒漆喰がとても美しい木造家屋があります。
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これが【千代田区指定有形文化財神田の家です。文化財登録名は「遠藤家旧店舗・住宅主屋」。神田鎌倉河岸の江戸時代から続く材木商の店舗兼住宅。
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千代田区説明書き
「この建物は、江戸時代より神田鎌倉町で材木商を営んできた遠藤家が、関東大震災後、昭和初期に建てた店舗併用住宅です。伝統技術を受け継いだ職人たちが、腕によりをかけ、銘木や良材をふんだんに用いて建てています。幸いに戦災で焼失することもなく、都心部の木造住宅としては貴重な存在として残りました。
 
当初は平屋建てでしたが、昭和29年に一階の一部と二階を増築しました。また、昭和47年に神田から府中市に移築する際に、状態の良い部分を残し、さらに増築を行なっています。
2008年、府中市から神田宮本公園へ再移築するにあたり、府中時代は店として利用せず畳敷きにしていた部屋などを、かつての姿に復元しています。
 神田明神の氏子総代であり、生粋の江戸っ子だった遠藤家の亡き父の意志を受け継ぎ、「都心の子供たちが日本文化に触れる場所にしたい」と、江戸文化・伝統行事の紹介や講座、貸室などに使われています。」
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当時は鎌倉橋と神田橋の間にありました。赤印:エンドウ(内神田1丁目界隈)。
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神田の家の家主である遠藤家は、江戸城築城のために鎌倉材木座から招集された材木商。江戸城の立ち入りも許されていました。
多くの材木石材が相模国(さがみのくに)から運び込まれ、鎌倉から来た材木商たちが築城に使う建築部材を取り仕切っていました。そのため荷揚げ場が「鎌倉河岸」と呼ばれました。町名も鎌倉町でした。

黒い漆喰塗りの外壁は、江戸黒と呼ばれた江戸の町に多かった土蔵造りの雰囲気を今に伝える数少ないものです。
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日本橋などの格式を誇る店は必ず 江戸黒の黒い漆喰仕上げで、屋根が深い傾斜を持ち、土蔵造りであった。それがすらりと並んでいたのが 江戸以来の町並の姿です。白漆喰と比べて時間もカネもかかりました。そのため黒漆喰塗の建物を作れるということは商人の富の象徴でした。
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千代田区の説明書き。文化財指定理由は以下の通りです。
・材木商であるために入手可能であった貴重な銘木がふんだんに使用されている。
・関東大震災の復興建築として誕生している。
・戦時下の空襲、昭和30年代後半の高度成長期のビル建設ラッシュを潜り抜けた木造建築である。
・意匠的に優秀である。

内部の公開は日が決まっているようです。内部は銘木屋であっただけに、素晴らしい材料がふんだんに使われているそうです。

小江戸といわれる川越に日本橋をまねて作られた町並みが残っています。明治26年に起きた大火のあと、川越商人たちが建てた蔵造りの店舗で30棟ほど残っている蔵のほとんどは、「黒漆喰」です。
東京にはほとんど残っていない 黒漆喰も 江戸から普及していった地方にはあちこちに残っているのでしょうね。
posted by うめのはな at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区
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