2013年05月16日

晩香廬(渋沢史料館)

庭をはさんで反対がわにあるのが 晩香廬です。
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晩香廬
(ばんこうろ)は、渋沢栄一(しぶさわ・えいいち 1840-1931)の喜寿を祝って清水組が贈った和洋折衷の建物で、接待などに使用されました。晩香廬の名は、 栄一自作の漢詩文「菊花晩節香」から採ったとも、 栄一の父の法名から採ったとも、「バンガロー(bungalow)」を捩ったものともいわれています。
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内部見学はできますが 撮影は禁止です。
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渋沢史料館晩香廬
大正/1918
木造、建築面積79.24平方メートル、1階建、桟瓦葺
東京都北区西ヶ谷二丁目16番1号
重文指定年月日:20051227
国・重要文化財(2005.12.27
設計 田辺淳吉(清水組技師長)

施工 清水組
旧渋沢家飛鳥山邸は,曖依村荘と呼ばれた渋沢栄一の邸宅である。晩香廬は,渋沢栄一の喜寿を記念して贈呈された小亭(談話室)で,大正7年に竣工した。木造平屋建,寄棟造,赤色桟瓦葺である。洗練された意匠と精緻な造形により,工芸品ともいうべき建築作品に仕上げられている。

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応接部分と厨房、化粧室部分をエントランスで繋いだ構成で、構造材には栗の木が用いられている。
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入口。むかって右側が談話室。
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壁は隅部に茶褐色のタイルがコーナー・ストーン状に張られ壁は淡いクリーム色の西京壁。
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エントランスからむかって左側部分。
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談話室を外から写しています。
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談話室の天井のレリーフはかわいい動物たちです。
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窓にもきめ細やかな意匠が見られます。
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応接間の空間は勾配の付いた船底状の天井で腰羽目の萩茎の竪廉、暖炉があります。
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暖炉の上には、タイルで「寿」の文字が描かれていたりハートのモチーフがあったり 職人の遊び心がところどころに見られます。
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外に置かれていた青銅の大きな香炉。由緒書きはありませんでした。

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2013年05月15日

青淵文庫(旧渋沢家飛鳥山邸・渋沢資料館)

北区飛鳥山公園内 に青淵文庫があります。
この門の奥 敷地内には晩香廬もあります。渋沢資料館に入館するとこの二つの建物の内部を見ることができます。
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青淵文庫(せいえんぶんこ)は、 渋沢栄一(しぶさわ・えいいち 1840-1931)の傘寿の祝いと、 男爵から子爵に昇格した祝いを兼ねて竜門社が寄贈した建物です。1925(大正14)年の竣工で、栄一の書庫として、また接客の場としても使用されました。
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渋沢史料館青淵文庫
国・重要文化財(2005.12.27)
竣工 1925年(大正14年)
東京都北区西ヶ原2-16-1飛鳥山公園内
設計 中村・田辺建築事務所
施工 清水組
構造 鉄筋コンクリート・煉瓦造2階建て
建築面積 213.67m2
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入口。
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入口前のテラス部分
書庫があった2階は公開されておらず、入れるのは1階の広間2つだけ。
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内部の撮影はステンドグラスのある部屋と階段部分だけ可能です。
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室内から見た階段部分です。
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階段には椅子が一つ。
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ステンドグラス
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ステンドグラスには、渋沢家の家紋「違い柏」。昇り龍と下り龍。
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テラス側から見ればこういう感じです。
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祝意を表す「寿(テーブルの下)」、 竜門社を示す「竜」などがデザインされています。
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外のフェンスにも 壽。
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青淵文庫の名は、 栄一の雅号「青淵」にちなんで名付けられました。
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カバーの中は 暖房用 電熱ヒーターと思われます。
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書庫があった2階は公開されていません。外から見ると円形の階段部分がわかります。階段室は円筒形でその頂部はドームになっている。
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この建物がある飛鳥山には、 かつて栄一の旧邸宅「曖依村荘(あいいそんそう)」があり、 1901年(明治34年)から栄一が亡くなる1931年(昭和6年)まで本邸として使われていました。 1945年(昭和20年)4月の空襲で大部分の建物は焼失しましたが、 晩香廬と青淵文庫は焼失を免れました。次は晩香廬に行きます。
posted by うめのはな at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 北区

2013年05月14日

大谷美術館(旧古河庭園内)

旧古河庭園(東京都北区)北区西ヶ原1−27−39
元々は日清戦争時の外相として有名な、陸奥宗光所有の敷地でした。 次男が古河財閥へ養子に入って古河家の所有となり、大正6年に古河家三代目にあたる虎之助が、洋館と庭園を築きました。 完成後、古河財閥の迎賓館として使われ、戦後は進駐軍の宿舎を経て国の所有となりました。 古典様式の洋館(大谷美術館)と洋風庭園の設計者は、英国人ジョサイア コンドル博士(1852〜1920)です。
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竣工 1917年(大正6年)

所在地 東京都北区西ヶ原1-27-39 古河庭園内
設計 ジョサイア・コンドル(Josiah Conder)

構造 煉瓦造2階建て、天然スレート葺
現在は国有財産であり、東京都が借り受けて一般公開している。国の名勝に指定されている。
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本館建物内の見学は、事前申し込みが必要なのですが この日は当日分のあきがあり内部の見学することができました。
525円。1時間ほどの案内ですが非常に丁寧な説明でした。撮影は禁止されています。
1Fホールにはツタの絡まる洋館の写真があります。関東大震災時は、敷地全部を開放して避難者を受け入れたとのことです。敗戦後は、GHQに接収され、その後、三十年余りは、無人となり、荒れ果てましたが3年の月日をかけて補修したそうです。できるだけ当時のものをそのままに残し修復したとのことです。
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地上2階、地下1階、外壁は真鶴産の新小松石(安山岩)を加工せずに積み上げた野面積み。天然スレート葺(ふ)きの切妻屋根には英国調の煙突が立っています。
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1階の応接室や食堂は落ち着いた空間。一階は大理石造りのマントルピースやシャンデリアがあり ダイニングルームや朝食用の少し小さめの食堂などがあります。喫煙ルームもあります。迎賓館として 「1階は来客の応対のため、2階は家族の生活のため」というように区別されています。みがかれた照明も当時のままのものだそうです。大食堂の腰板は会話が聞こえやすいように高くしてあります。、50cmもの厚さの壁には驚きます。天井の精巧なレリーフは見事で日本の職人さんの技の極みに感動しました。
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2階の客間や家族用の部屋はなんと和室なのです。たいてい和館が別につくられているのですが 日本に住み 着物を着、日本人をよく知るコンドルらしい設計で 驚きです。和室には、真行草の三つの格がありますが 客間は最高の造作の和室です。ドアを開けると ふすまがあり 違和感のないように作られています。欄間などの技を受け継ぐ職人さんがいなくなっているとのことです。
二階ホールから見れば洋風。ドアの中は和風というような感じです。仏間 客間だけでなく 家族の居室も和室です。
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洋と和の調和 。それぞれが独立しているので和洋折衷ではなく 「日本建築の粋を凝らした完全なる和室を持った洋館」なのです。
風呂はなんと大理石の 丸形の五右衛門風呂のような形のバスタブです。
お湯がでるだけの風呂なので さぞかし寒かろう。。。と。
家族3人に 使用人50人ほどだったそうで たった9年しか住まなかったということです。
派手でなく 見た目質素ですが 実はそれが上質のものだったりします。ステンドグラスなども多色ではない落ち着いたものです。
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玄関です。
案内は1時間ちょっとにもなりましたよくわかる解説でした。
1階から二階へと案内され 1階ホールにもどり 解散しました。喫茶の申し込みをして お茶とケーキを注文。窓からバラをみながら至福のひとときをすごしました。

posted by うめのはな at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 北区

2013年05月13日

旧古河庭園のバラ

北区西ヶ原にある 旧古河庭園 は、バラの庭園として有名です。
バラが見ごろなので行ってきました。
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春と秋に約90種180株の華やかなバラが咲き誇る洋風庭園があります。
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この地には、 明治の元勲・陸奥宗光(むつ・むねみつ 1844-1897)の別宅がありましたが、 宗光の次男・潤吉(1869-1905)が、 足尾銅山で知られる古河財閥の創始者・古河市兵衛(ふるかわ・いちべえ 1832-1903)の養子になった際に邸宅も古河家の所有となりました。
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台地上に洋館を、斜面上に洋風庭園、台地下の低地部に日本庭園が配置されています。
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色とりどりの花が植えられています。洋館のすぐ下にテラス式庭園があってバラ、ユッカ、シュロの花壇になっています。 
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この洋館で お茶を飲むことができるのです。シーズン中は大勢の見学者で賑わうそうです。
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食堂やテラス席からみるバラ園はとても美しいです。
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中からの撮影は禁止されているのですべて外からの撮影です。
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日本庭園との境には つつじが植えてあります。
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敷地面積は3万uを越える広大な旧古河庭園、昭和57年には東京都文化財に指定されています。
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武蔵野台地の斜面と低地という地形を活かし、北側の小高い丘には洋館を建て、斜面には洋風庭園、そして低地には日本庭園を配したのが特徴です。
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洋風庭園の設計はジョサイア・コンドルが行い、 和風庭園は京都の庭師・七代目小川治兵衛(おがわ・じへい 1860-1933)の手によるものです。お互いを遮っているので、見た目に違和感はありません。 見事に和・洋両式を使い分けた庭園です。
建物については 次に書きます。

posted by うめのはな at 07:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 北区

2013年05月12日

都電荒川線のバラ

都電荒川線のバラが見ごろだということで 見に行きました。
都電荒川線は、東京都荒川区南千住1丁目の三ノ輪橋停留場から、新宿区西早稲田1丁目の早稲田停留場までを結ぶ、都内で唯一現存している東京都電車(都電)の軌道路線です。
町屋駅から乗りました。
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都電は平成19年に昭和初期をイメージしたレトロ車両を挿入したとのことです。
線線路沿いバラを楽しみながら 三ノ輪橋駅まで乗ります。
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電車は1両のワンマン運転です。料金は大人160円。三ノ輪橋駅から早稲田駅まで12.2 km,30駅を日中標準53分で走ります。
日中は5〜6分間隔の運転ですが かなり混んでいました。
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三ノ輪橋駅です。
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「三ノ輪橋」は関東の駅百選認定駅です。
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駅前には大きなバラのアーチがあります。
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ここは駅前でバラをゆっくり見ることができます。
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荒川区内の都電沿線のバラは、荒川区とボランティアグループ「荒川バラの会」が維持管理を行っているそうです。
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駅前には商店街があります。喫茶店に入りました。12時まで「モーニングセット」があるというので 頼みました。
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喫茶店そのものが 少なくなって食べる機会がなかったので とてもなつかしくて味わいながら食べました。
ゆで卵と厚切りトースト、ミニサラダにスープ、コーヒーで500円。下町じゃないと食べられない値段です。
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再び電車に乗ります。
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途中駅のフェンスにもバラのレリーフがありました。
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車内が混んでいたので 線路沿いのバラは眺めるだけにし北区の 飛鳥山まで行きました。
posted by うめのはな at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 北区