2013年12月22日

上野公園の手形

上野公園の1番南の出入り口から入ると「国民栄誉賞受賞者の手形」があります。
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少し行くと左側に手形の石碑が並んでいます。
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このモニュメントのある入口です。
国民栄誉賞受賞者の手形です。
王貞治さんから順に並んでいるみたいです。
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美空ひばりさん
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渥美清さん
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長谷川町子さんはサザエさん!
上野公園といえば パンダが人気です。
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11月に上野動物園で写したパンダ。
以前のパンダは老いていたせいかいつも寝ていたのですが この子は元気そうです。
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元気のいい白熊さんも愛嬌があっていいですね。
今度またゆっくり動物園散歩してみます。


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2013年12月21日

明治から昭和初期までの宮廷服(文化学園服飾博物館)

文化学園服飾博物館に行きました。
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(東京都渋谷区代々木3-22-7)
文化学園創立90周年記念特別展明治・大正・昭和戦前期の宮廷服 -洋装と装束-を見てきました。
2013年10月23日(水)〜12月21日(土)
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チラシにはこのような説明文がありました。
「明治時代から昭和戦前期には、天皇を中心とする体制のもとで独自の宮廷服が着用されました。明治政府は、近代国家建設のためにヨーロッパの制度や文物を積極的に導入し、この一環として、洋服を宮廷服とすることが決定されました。また一方では、伝統的な装束が着用される場合もありました。宮廷の儀式や行事のそれぞれに応じ、天皇・皇后・皇族・華族・文官・武官などの身分によって着用すべき服飾が詳細に定められ、これら宮廷服には近代日本の一側面が示されていると言えるでしょう。本展では、大礼服と呼ぶ男女の洋服、束帯や十二単、袿袴などを中心に80点余りを出品します」
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大正天皇の御祭服、皇族の束帯と十二単、明治天皇の皇后(昭憲皇太后)と秩父宮勢津子妃の大礼服などをはじめとする宮廷服が展示されていました。
明治天皇がお召しになられたという陸軍の軍服の展示もあり、これは明治神宮のご神体ともなっている衣服だそうで、門外不出のところ、特別に借用されてこられたといいます。
1930年代に着用された陸軍将官の正装は、肩章の星の数や袖の模様で階級を示しているし 金色の刺繍も違っていて 身分や階級による違いがわかり面白いものでした。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の華族制度を採用しています。
昭憲皇太后(明治天皇の皇后)が新年拝賀の際に着用した大礼服は、膨らんだ袖と釣り鐘型のスカート、ビロードの長い引き裾が特徴。絹糸で菊の花の刺しゅうを施すなど日本の意匠の特徴を取り入れています。腰部から下りる赤いビロードのトレーンは、幅3m、長さ4mもの重く長いもので、裏側には取手があり、お付きの人がこの裾を持って歩いたそうです。
平成7年に亡くなられた秩父宮勢津子妃のものがたくさん展示されていました。
1Fに降りると 束帯や十二単ひとえなど日本の伝統的な装束が展示されています。
華やかな十二単や「御祭服ごさいふく」などもありました。
伝統的な装束ですが 靴が草履ではなく袴と共布のミュール風なのは驚きました。ですね。
昭和記念館や聖徳記念館など折にふれ 皇室関係の品々を見てきましたがこれだけそろっているのは初めてで 見てよかったです。
ずらりとならぶ男性の大礼服や軍服は壮観でした。ドレスより軍服のほうが豪華かも・・・
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いろいろな催しをやっているそうなので機会があればまた行きたいです。
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2013年12月20日

新宿駅〜文化学園

新宿駅南口から甲州街道に沿って歩きます。
街道の右側は新宿区ですが 左側は渋谷区代々木地区となります。
代々木は、予備校や各種学校の多いところです。
少し歩くと 街道左側におおきな 遊歩道が見えてきます。
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この遊歩道は玉川上水跡です。
玉川上水跡は、この先断続的ですが、高井戸宿まで小公園や遊歩道として整備されています。
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文化学園前の「玉川上水のモニュメント
玉川上水跡は暗渠となっています。
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玉川上水の記 
「かつてこの地には、玉川上水が流れていました。玉川上水は、江戸城下の急激な発展に伴う水不足を解消するため、江戸幕府により承応3年(1654年)に、開削された人口の水路です。全長は、多摩川上流の羽村取水口から四谷大木戸に至る約43キロメートルです。この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的のほか、武蔵野台地の各地に分水され、飲料水、かんがい用水、水車の動力等に幅広く利用されました。明治31年、東京の近代水道創設に伴い、杉並区和泉町から淀橋浄水場の間に新水路が開設されたため、和泉町から四谷大木戸までの下流部は導水路としての役割を終え、余水路として使用されることとなりました。その後大部分が暗渠化され、現在では公園や道路として使われています。東京都水道局では、このゆかりの地にモニュメントを建立し、玉川上水に携わった先人の偉業を末永く後世に伝えるものです。このモニュメントは、明治時代に新宿駅構内の地下に設けられた、玉川上水の煉瓦造りの暗渠をモチーフとし、当時の煉瓦を一部使用して、ほぼ原寸大で再現したものです。平成15年1月 東京都水道局」
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文化学園前地球儀のオブジェ
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文化学園服飾博物館入口です。
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壁面前にある レリーフです。
代々木校発祥の地のレリーフのようです。
次 博物館の中に入ります。

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2013年12月19日

生誕100年!植田正治のつくりかた

東京駅 東京ステーションギャラリーに行きました。
「生誕100年! 植田正治のつくりかた」展
2013年10月12日(土)〜2014年1月5日(日)
1930年代の初期から晩年までの作品、約150点が展示
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植田正治(1913−2000)は鳥取県の現在の境港市出身。
砂丘に人物を配置した独特な演出写真で知られる写真家です。
独特の「演出写真」を撮り続けたました。
今回の写真展を見ても明らかに妃現実的な演出写真とわかるのに どこかで見たようなそんななつかしさがあふれていました。
撮影当時の 風俗 習慣なども感じられます。
おかっぱ頭の少女や おどけた少年。子供のころの思い出がよみがえります。
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パパとママとコドモたち」 1949年は長女の和子(カコ)の作文に沿った内容という設定の組写真の中の1枚。
家族の絆やほほえましさがあふれる 作文と写真です。
演出で自然な表情じゃないのに 日常が思い起こされてくるような感じでした。
植田正治は自分をアマチュアと規定し、鳥取県を離れることは無く、山陰の風土を土台にして制作を続けました。
あの時代にこのような写真家がいたことに驚きます。
何事も 変わったことをする人は叩かれるのですが植田自身、自分の演出写真はずいぶん「たたかれた」と懐古しています。
恵比寿・東京都写真美術館でも次のものを開催中です。
植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ−写真であそぶ−
2013年11月23日(土) 〜 2014年1月26日(日)
「植田正治のつくりかた」展が終わった最後の小さな展示室にて所蔵品を少しずつ公開しています。
今回は中村宏(1932〜)の「車窓」と「立入禁止」をテーマにした作品です。
柔らかい真綿と、硬い金属(真鍮)との対比を意識して作った作品や黄色と黒のストライプで構成される「立入禁止」がありました。

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2013年12月18日

「グランルーフ」東京駅

2013年9月20日、八重洲口の2大高層ビル「グラントウキョウノースタワー」と「グラントウキョウサウスタワー」をつなぐ巨大な歩行者空間「グランルーフ」がオープンしました。
東京駅に行ったついでに見てきました。
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八重洲中央口外からの眺めです。
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エスカレーターで2階に上ります。
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クリスマスイルミネーション用のゲートがありました。
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壁面が緑化され手この部分にもLEDライトがつけられていました。
夜はきれいなのかも。
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人がほとんどいませんでした。
歩行者通路上にある2階はICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)ゾーンだということです。
携帯電話のお店がありました。
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長さ約230メートルの大屋根と幅最大9メートルの歩行者通路、15店舗が出店する商業ゾーンなどからなるとのことで 地下の飲食店はにぎわっているのかもしれません。
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「光の帆」をモチーフにした大屋根だそうです。
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海原に浮かぶ白い船が置かれていました。
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2階から見た八重洲通りです。
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2013年12月17日

KITTEの巨大クリスマスツリー

JR東京駅前に今年、オープンした商業施設「KITTE(キッテ)」のアトリウム設置されたに巨大なクリスマスツリーを見てきました。
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高さ約14.5メートルの本物のもみの木で、人工の雪が降り積もっているようにあしらっています。
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雪に見立てた光の粒が天井から降り注ぎます。
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天井からLEDのイルミネーションが降りそそぎ本物の雪のように見えます。
KITTE ライトアップ プログラム.
「クリスマスに相応しい情緒的な音楽と、アトリウム空間全体に雪がしんしんと降り注ぐような光の粒による照明演出で幻想的な空間を創り出します」HPの動画で見ましたが 幻想的で 本当に雪が舞っているようでした。
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裏側から写しました。
ミラーボールに光を照射することで、光の粒が天井から壁面を伝って舞い散るように降り注ぎ、屋外で雪が降り積もっているかのような光の演出を施したそうです。
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2階から見下ろしてみるのもいいものです。
屋内設置では日本最大級のツリーだそうです。
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かまくら風のオブジェです。
屋外の1階のテラスでは、街路樹15本に約2万7千個の発光ダイオード(LED)を飾っているとのことで夜はさぞかしきれいなことでしょうね。
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2013年12月16日

吉岡徳仁−クリスタライズ(東京都現代美術館)

同時開催中の吉岡徳仁−クリスタライズ。
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「クリスタライズ(Cytallize)」をテーマに、先鋭的な作品の数々を展示する個展
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入るといきなり無数の半透明な乳白色のストローの塊があって通路が造られています。
白の世界に入り いきなり体感温度が下がった気がします。
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この部屋は携帯電話での撮影が可です。
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虹の教会の部屋も携帯電話のカメラのみ撮影可です。
'虹の教会'。40cmのクリスタルプリズム500本でつくられたステンドグラスが壁に七色の光を映し出しています。
生きているバラを結晶化させた彫刻やウォーターブロック、白鳥の湖、蜘蛛の糸、レインボーチェア、レイオブライトなど30点ほどの作品が並んでいます。
このあと常設展を駆け足で見ました。
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常設の、「私たちの90年 1923−2013」、「「つくる、つかう、つかまえる」
広い展示室ですが人がほとんどいなくて・・・・
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なんか前にも見たことがあるような感じがすると思えば 以前企画展で行った「世界の測りかた」に似ているような・・・
「第1部 私たちの90年 1923-2013」
「 第2部 つくる、つかう、つかまえる −いくつかの彫刻から」
二つのテーマの展示です。
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広すぎる館内を地下から3階まで移動して しかも暑くて・・・
汗びっしょりになり 外に出ます。
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落ち葉舞う冬の木場公園を抜けて帰宅しました。

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2013年12月15日

うさぎスマッシュ展(東京都現代美術館)

「東京都現代美術館で開催中のうさぎスマッシュ展に行きました。
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東京都現代美術館 東京都江東区三好4-1-1
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「東京文化発信プロジェクト」事業の一環として開催されています。
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うさぎスマッシュ展 世界に触れる方法
2013年10月3日(木)から2014年1月19日(日)
常識や固定観念に一打(スマッシュ)を与え、観る人に新たな世界観をもたらす展覧会.
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エントランス。
本展の「うさぎ」という言葉は、単なる動物の種目をあらわすのではなく、「不思議の国のアリス物語」が地球上に出現して以来、「現実と非現実をつなぐワープゾーンの合い鍵」を意味することになっていることから うさぎのように長い耳で敏感に情報を収集し、アリスを「不思議の国」に連れていって別の世界観を見せてくれるようなアートを集めている。
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音声ガイド(300円)はうさ耳ヘッドフォンです。
男性がこれをつけている姿は かなり面白いです。
撮影可ですがフラッシュはダメ。
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一見しただけでは よくわからないが じっくり見て、感じて、考える、考えさせられる作品が多い。
ここは 時間をかけてじっくり体験してみるのがいいです。
しかし・・・暑いのでコートはロッカーに入れたほうが無難です。
 入ってすぐに迷宮の庭(レアンドロ・エルリッヒ)があります。
窓を覗くと隣の窓の風景が見えます。
ここが迷宮の入り口なのでしょう。
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考えるうさぎ
正確なタイトルは「丸太婦人と汚れたうさぎ 」
広いスペースにいくつもの展示があります。
政治的・社会的主張が昔よりも強くなっている感じがするものもあります。
No Numbers(リチャード・ウィルソン)
オイルを敷き詰めた部屋の真ん中に通路があり橋のような通路に立つと鏡のような不思議な浮遊感になります。
高所恐怖症の人はダメかも。
手すりにもオイルが塗ってあるので 荷物を置いて一人ずつです。
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触れる地球
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この写真は少し社会的な事象をテーマにしているのかも。
「においの風景_東京
東京のあちこちのにおいを集めた展示室もありました。
なかなか面白い展示でした。
次に 吉岡徳仁−クリスタライズに行きます。
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術館・博物館・芸術鑑賞

2013年12月14日

白髭神社〜東京スカイツリー

白髭神社を出てすぐのところにこんな説明板がありました。
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西川春洞・寧住居跡  親子二代にわたる書道家
東京都墨田区東向島3丁目4
「西川春洞 ( しゅんどう ) は、肥前唐津藩医を父に弘化四年 ( 1847 ) 日本橋の家で生まれました。
幼い頃、書を中沢雪城に学び、銭梅渓の書を習得しましたが、後に書風を一変し、徐三庚を中心とした江南の書風に拠り、わが国近代書道に新風をもたらしました。
そして、この地 ( 寺島村 1207番 ) に居を構え、多くの弟子を養成しました。
春洞は、地域の社寺や人々の求めに気軽に応じ、多くの作品を残し、大正四年この地に没しました。
春洞の息子・寧 ( やすし ) は、明治三十五年ここに生まれ、寺島小学校 ( 現第一寺島小学校 ) に学び、慶応大学では中国文学を専攻し、さらに書道史学の面でも多くの資料紹介や研究の成果を残し、昭和六十年に初夏として初めて文化勲章を受章しました。
平成元年五月・目黒区中町で没しました。
( なお、住居跡は階段下・約三十メートル先の右側の辺りです。  )
平成十二年三月 墨田区教育委員会」
墨堤通りに出て「すみまるくん」に乗ります。区内循環バスです。
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15番から乗り 言問い団子 長命寺などをまわりスカイツリーに行くバスです。
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『「むこうじま」の「むこう」とは、浅草からみて、隅田川の向こう側にあたる場所を指し
て、向こうの島と呼んだことによるとされています。当時、行政上の名前として「向島」が使われたことはなく、俗称でしたが、多くの文人墨客が作品の中で独特の想いと趣を込めて「向島」と著し、定着しました。
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「向島」の名前が正式な行政地名としてつかわれるようになったのは1891年(明治24年)に
向島小梅町、向島須崎町、向島中ノ郷町、向島請地町、向島押上町などといった町名が成立してからである。墨田区』
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押上駅から東京スカイツリー ソラマチに行きます。
今回は案内がてらソラマチ5F『産業観光プラザ「すみだ まち処」で一休み。
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スカイツリーのいっちばん上にある避雷針のレプリカで、通称「すみだのてっぺん」。
実物大だそうです。
墨田区を634分の1に縮小して描いた「すみだマップ」が床にあります。
問屋国分でおみやげなどを買いすみまるくんに乗り継いで 錦糸町へ。
そこで友人たちと別れ帰宅しました。

posted by うめのはな at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2013年12月13日

白鬚神社4

狛犬さんが江戸風でいい感じです。
文化三年銘狛犬一対(墨田区登録文化財)
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狛犬は文化12年(1815年)当時花柳界で知られた吉原の松葉屋半右衛門と山谷の料亭八百善の奉納したものです。
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作者は神田今川町の石工、六兵衛明貴の手になるものです。
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白鬚神社の「御宝前」に「奉納」されたものです。
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石灯籠
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石灯籠は旧寺島村出身の田中抱二と中山湖aによって奉納されました。
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神輿庫
神社神輿は嘉永元年(1848)行徳の後藤直光作
戦前は周辺三神社に計13基の神輿があり、最も大きい白鬚神社の神輿が「十三番」の番札をつけたことから、「十三番神輿渡御」とも呼ばれています。
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手水舎
白髭神社を出ます。
posted by うめのはな at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区