2013年11月22日

文京ふるさと歴史館

真砂坂上バス停から左に入ると 文京ふるさと歴史館があります。
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東京都文京区本郷4-9-29
歴史館について

「平成3年(1991)4月開館。
文京区は弥生土器命名の地として知られるとおり、古くから豊かな歴史をもっています。
江戸時代には武家と町人が暮らし、独特の産業や文化を形づくってきました。
明治時代には東京大学をはじめとする多くの学校がつくられ、さらに森鴎外や樋口一葉など著名な文人たちが活動の拠点とし、文教のまちの礎を築きました。
文京ふるさと歴史館では、文京区の歴史や文化財をあらゆる世代の方に伝え、触れてもらい、郷土に対する愛着や関心を深めるお手伝いをいたします。」
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「受け継がれた住まい−今に生きる文京の近代建築-」
平成25年10月19日(土)〜12月1日(日)
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「 文京の歴史的建造物は今」
文京区内にある歴史的建造物の現状を紹介。
瀬川家(旧古市家)住宅−苔庭と樹木にかこまれた静謐な空間−
本郷2丁目
明治20年代頃築
昭和初期改築
木造2階建
国登録有形文化財
旧安田楠雄邸庭園−四季折々の表情を演出する和の空間−
千駄木5丁目
大正8年築
木造2階建
東京都指定名勝
村川家住宅−百年の想いを受け継ぐ住まいの空間−
目白台3丁目
明治44年築
大正4年・9年・昭和8年増築
木造2階建
国登録有形文化財
3つの住宅を紹介する特別展です。
このうち旧安田楠雄邸庭園は見学しましたが 残りふつは イベント以外非公開なので見学したことがありません。
さまざまな資料や写真などを見ました。
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常設展は まちの風景 くらしの風景 文化の風景 というコーナーに分かれて展示してありました。
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文京区は文化の街であり多くの文人たちが住んでいました。
多くの古い建物なども残っています。
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文京ふるさと歴史館にある住宅です。
最初これも歴史館の建物かと勘違いして写真を撮りましたが 歴史館とは全く関係がありません。
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これはもうお屋敷としか言いようがないのです。
武家屋敷の長屋門.、門の脇に長屋が附属しています。
諸井邸(旧秩父セメント創業家)です。
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1906年(明治39年)4月上棟 木造2階建て
「諸井恒平氏は日本煉瓦製造の専務、のち秩父セメントを創設した実業家です。
主屋、長屋門、煉瓦蔵を建築し、現在も大切に住み続けられている。」
どなたも住んでいないのかと思っていましたら老婦人が ちょうどタクシーでお帰りになったようで門の中に入っていかれました。
きちんと手入れし 保存の意思があるのだろうと思われます。
再び大通りに戻り水道橋方向に向かいます。

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2013年11月21日

礫川(こいしかわ)浮世絵美術館(文京区)

都営大江戸線の春日駅で下りると目の前に文京シビックセンターがあります。
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文京区役所が入居する文京シビックセンターは、文京公会堂の跡地に1999年11月に竣工。地上28階・地下4階、高さ142m。東京23区の区役所の中では最も高い建物です。
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庁舎の25階北側には展望室があり、無料で東京の景観を楽しむことができる。室内照明の反射を避けるために傾斜のついた窓が特徴的。
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隣には講道館、講道館国際柔道センター
後楽園の観覧車も見えます。
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春日駅の地上 富坂下交差点そばの小石川春日ビルの5階に礫川(こいしかわ)浮世絵美術館があります。
普通の雑居ビルでこのウィンドウがなければ 気が付きません。脇の小さな入口から入ります。
エレベーターが1基。中に貼ってあったポスターです。
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礫川浮世絵美術館
文京区小石川1-2-3 小石川春日ビル5F
富士山世界文化遺産登録記念--浮世絵に見る富士山名画展
11月1日(金)〜24日(日)
そう広くない ビルの1室のドアを開けて入ります。
受付の人が一人だけ・・・
玄関で靴を脱ぎます。貸し切り状態。
礫川浮世絵美術館は、浮世絵の正しい理解と啓蒙をめざし、毎月約40点づつ新しい企画で掛け替えし展示しているとのこと。
今回はおなじみの北斎など富士を描いた浮世絵などが展示してありました。
小さな美術館ですが 浮世絵文化に対する熱意は伝わってきました。
交差点に戻ります。
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東富坂(真砂坂)
「 本来の「東富坂」は、この坂の南を通る地下鉄丸ノ内線に沿った狭い急坂である。現在は、「旧東富坂」と呼んでいる。もともとの坂は江戸の頃、木が生い繁り、鳶がたくさん集まってくることから「鳶坂」といい、いつの頃からか「富坂」と呼ぶようになったという。
 現在の東富坂は、本郷3丁目から伝通院まで、路面電車(市電)を通すにあたり、旧東富坂上から春日町交差点まで新しく開いたゆるやかな坂道である。この市電は、1908年(明治41年)4月11日に開通した。現在、文京区役所をはさんで反対側にある坂を、「富坂(西富坂)」と呼び区別している。 文京区教育委員会」
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この坂を真砂坂上までのぼり 文京ふるさと歴史館に向かいます。

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2013年11月20日

表慶館の内部

中央エントランスホールから休憩室として開放されている部屋に行きます。
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中央部分の部屋です。
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奥は車いすの出入り口だそうです。
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休憩室には椅子とテーブルが置かれていました。
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1階展示室の窓ガラスは当時のものを使用しているそうです。
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展示のない表慶館の建築を見ることができます。
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左右の左の部屋だけ見ることができます。
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宮廷建築らしくシンメトリックに設計された階段です。
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2階は立ち入り禁止。
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サイドの階段の曲線と真鍮の手摺が美しい。
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階段上部
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階段タイル
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東洋館の模型が置かれていました。
「洛中洛外図屏風 舟木本」3Dプロジェクションマッピング「KARAKURI」 25分の1スケール投影してます。
2013年11月1日(金)〜2013年11月29日(金) (毎週 金) 17:00 〜 20:00
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中央ホールに戻ります。
内装にも工夫がなされた 宮廷建築を見ることができ しかも撮影可だったので 今回はこの表慶館だけでも十分楽しめました。

外に出ると表慶館外部の階段右側の植え込みに何やら石碑があります。
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表慶館の階段右側の植え込みにある中世の板碑
建武元年(1334)の年号があります。
約670年前に書かれた無名の筆者の文字です。
670年前 ここには何があったのでしょうか・・・
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2013年11月19日

東京国立博物館表慶館/国登録重要文化財

工事のため2011年12月より休館中だった表慶館でしたが 休憩スペースとして1階の一部を開放していました。
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旧東京帝室博物館表慶館 東京台東区上野公園13-9
竣工 1908年(明治41年)10月
設計 片山東熊、高山幸次郎
施工 新家孝正

構造 石・煉瓦造2階建て、銅板葺

建築面積 2,049.4m2
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表慶館
明治33年(1900)、皇太子(後の大正天皇)のご成婚を記念して計画され、明治42年(1909)に開館した、日本ではじめての本格的な美術館です。設計は、J.コンドルの弟子で、東宮御所(現在の迎賓館)なども手がけた宮廷建築家の片山東熊。中央と左右に美しいドーム屋根をいただき、上層部の外壁面には製図用具、工具、楽器などをモチーフにしたレリーフがあります。明治末期の洋風建築を代表する建物として昭和53年(1978)、重要文化財に指定されました。
正面のファサードは、一階には四角い柱、二階にはイオニア式柱頭のオーダーが並び、正面両側にはライオン像。
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平成の大修理
2005年から、2007年まで屋根の修理や展示室内部の壁面の塗り替えが行われました。
表慶館にはエレベーターとトイレがなかったのですが今回のバリアフリー化工事で新たに設置されたようです。
中央に大ドーム、両翼に小ドームをもつ、左右対称のネオバロック様式になっている。
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東京国立博物館 みどりのライオン
近代彫刻の先駆者の大熊氏広の制作
ライオンが「あ」「うん」になっていて 狛犬風。
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正面入口壁 レリーフ
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ドームは東京駅丸の内駅舎のようです。
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ドーム型の天井には立体的に見えるように描かれた天井画が円を描いて並んでいます。
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1階エントランスホールからドームを見上げています。
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ドーム型の天井まで吹き抜け空間が広がっていて 明るいです。
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二階を支えているトスカナ式角柱
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床に敷き詰められているフランス産大理石モザイクタイル
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床のモザイクは七色の細かな大理石
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1Fエントランス(ドーム)の壁の装飾
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エントランスホールと二部屋のみ、展示室ではなく休息室として開放しています。
次に 展示室を見てみます。

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2013年11月18日

特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」平成館 特別展示室

東京国立博物館に行きました。
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特別展「京都―洛中洛外図と障壁画の美」を見に行きました。
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平成館 特別展示室 2013年10月8日(火)〜2013年12月1日(日)
混んでいるかと心配しましたが ほどよい感じでゆっくり見ることができました。
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「京都でも見ることのできない京都」と銘打って 映画やテーマパークと同じ土俵で真っ向勝負しても負けない、という自負の下に企画された展覧会だそうです。都の賑わいと四季の景観を描く洛中洛外図の優品が一堂に会するほか、京都を象徴する3つの場所―京都御所、二条城、そして石庭で知られる龍安寺を飾った障壁画を通して、京都ならではの美の空間を体感できます。
たしかに 普通の展示とは違って楽しめました。
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第一部 「都の姿―洛中洛外図屏風」
「洛中洛外図屏風」は、室町時代から江戸時代の京の街を描いた屏風です。
現在、現存する屏風の7件が国宝・重要文化財に指定されており、会期中は前期と後期に分けて、そのすべてが展示されます。
来場者のお目当ては、「洛中洛外図屏風」のようで この部分が混んでいました。
描かれた京の都は、御所や寺などの建物のほか、貴族や僧侶、武士、庶民の暮らしが緻密に描かれており立ち止まって見ている人が多いからです。
「洛中洛外図屏風 舟木本」の高精細画像を4×4mの大型スクリーン4基に拡大投影しています
これは 細かい部分も拡大して見れるので よかったです。
第148回直木賞受賞作 等伯 〈上〉(下) 安部 龍太郎 著 を詠みました。
安土桃山の世に 絢爛豪華な画風で信長に重用された永徳率いる狩野派全盛の時代の永徳の驕り。そして等伯と 狩野永徳との確執。
独自の静かな画風で対抗し、遂に永徳を脅かすまでになった絵師・長谷川等伯のことなどを思い浮かべました。
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第2部 都の空間装飾─障壁画の美
1 王権の象徴─京都御所
2 仏法の荘厳─龍安寺
3 公儀の威光─二条城
第二会場に行くとすいていますので じっくり見ることができました。
超高精細映像4Kで体感する龍安寺石庭の四季
龍安寺石庭・秋 静止画像投影
一年にわたって超高精細映像4Kで撮影した「龍安寺の石庭」をほぼ実寸大(幅約16m)の巨大スクリーンに映し出し、空間として表現します。国内外を問わず人気を誇る石庭の移ろいゆく四季を体感できます。
四季の移ろい 色彩 音・・・まるで 「龍安寺の石庭」にいるような感じです。
これがすごく よかったです。東京で京都を感じました。
この 石庭で知られる龍安寺にまつわる展示ですが その12面のふすま絵は、明治の廃仏毀釈で散逸し、現在はアメリカのメトロポリタン美術館とシアトル美術館に収蔵されています。今回はそのうち「列子図襖」「琴棋書画図襖」が初めての里帰りをし展示されています。
二条城から全84面の障壁画を一挙展示
二条城二の丸御殿黒書院一の間、二の間を飾っていた、狩野尚信筆の障壁画、全69面と、城のシンボル、二の丸御殿大広間四の間を飾る狩野探幽筆「松鷹図」15面を展示。二条城の障壁画かこれほどの規模で出展されるのは史上初とのことです。

まさに「京都でも見ることのできない京都」です。
二条城の空間を再現した迫力ある展示でした。
個人的には この第二会場の二条城の狩野探幽筆「松鷹図」のほうが 絵もよかったし 迫力のある展示でよかったです。
最後に満足感と余韻を残して会場を出ました。
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10月17日に東京国立博物館東洋館に投影された、3Dプロジェクションマッピングの映像は インターネットミュージアムかYouTubeで見ることができました。この東洋館の外壁に投影されました。
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特別展のチケットで 本館や東洋館リニューアルオープン記念 特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」も見ることができるのですが パスしました。
そのかわり 表慶館の中を見学することにしました。

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2013年11月17日

ターナー展 東京都美術館(上野公園)

上野の東京都美術館で開催中の「ターナー展 英国最高の巨匠、待望の大回顧展!」に行ってきました。
秋晴れのいい天気で 上野公園はたくさんの人がいました。
混雑を心配しましたが 並ぶほどでもなくすんなり入場できました。
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ターナー展 2013
2013年10月8日(火)─12月18日(水)
東京都美術館 企画展示室
京都台東区上野公園8-36
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英国最高の巨匠、テート・コレクションによる待望の大回顧展!
2万点にもおよぶターナー・コレクションを所蔵するロンドンのテート美術館から、30点以上の油彩画と、水彩画、スケッチブックなど約110点を紹介する特別展。。東京展のみ国内所蔵の2点を特別出品。
やはり混んでいましたが 見るスペースは十分ありました.
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風景画の可能性を生涯を通して探求し続け、印象派の画家にも影響を与えたターナー。
英国美術の巨匠ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775〜1851)は、生涯を通じて風景画を描き続け、独自の絵画表現を極めた画家として知られています。10代の頃から英国の風景や名所を描く水彩画家として活動しました。 油彩画も描いていますが その画風は自然の大気や空  光 水や植物の息遣いまで感じられるものとなっています。
10代の習作から晩年の代表作まで並んでいます。
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初期のころの油彩画は 写実的で古典主義的な緻密な描写の絵が並び「 こんなのターナーじゃなくても描ける絵だわ」と友人。
すらっと延びた松の木が目立つ有名な「チャイルド・ハロルドの巡礼ーイタリア」1832年作 を見て思わず「奇跡の一本松!」と私。
熱心に舐めるように鑑賞している人たちは「なんだこいつら!」と思ったでしょうね・・・
でも あの夏目漱石も名作「坊ちゃん」の中で赤シャツ”が「あの松を見たまえ、幹が真直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」と語っているシーンがあるのです。
本当のターナーの絵はどこだ・・と進んでいくと だんだんターナー「らしく」なってきました。
白く 黄色く輝く光の世界に入り込みます。
光あふれる 幻想的の風景画はいいですね〜
大気感を感じさせる独特な風景表現。
光のスペクトル的色彩表現がとても好きです。
風景画というより光の世界。
モダンアートに近づき 心で見る風景のように表現されています。
晩年はモネが白内障を患い、失明寸前の状態にあったこともあり、画面は限りなく抽象に近付いているのですが ターナーももしかしたら そうだったのかしら?
途中で おじさんが「グワッシュって何ですか?」と聞いていたのですが・・・不透明水彩絵の具のことなんです。
絵の具を塗ると下の絵の具が隠れてしまうものを不透明水彩絵の具といいますがポスターカラーなども不透明水彩絵の具の一つです。
説明の人は絵の具の一種ですと答えていました。
これだけまとめて ターナーの絵を見て満足して 東京都美術館を出ました。

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2013年11月16日

猿江恩賜公園(水琴窟 日本庭園)

猿江恩賜公園 南側日本庭園の四阿です。
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小川が流れ滝の音が心地よいです。
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まるで どこか高原に来ているような感じです。
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都会のオアシスです。
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それでも 門の外はコンクリートの街です。
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何やら案内板が見えます。
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水琴窟のようです。
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水琴窟(猿江恩賜公園内)

日本庭園で、縁先手洗鉢や蹲居(つくばい)の流水を利用した音響装置。地中に伏瓶(ふせがめ)を埋めるなどして空洞おを作り、そこにしたたり落ちる水が反響して、琴の音色に聞こえるようにした仕組み。江戸時代の庭師の考案という。
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地中の小洞窟に生ずる水滴音を反響させて地上に漏洩する音色を楽しむもので、洞水門の別名だそうです。
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楽しみに近寄ってみたのですが ・・・・ただの石と化しています。
水鉢に水を注ぐ仕組みが破損しているらしく 工事中で試すことができませんでした。
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しかたなく石段を降りると こんなものがあって 和みました。
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南側の石の門を出て 四ツ目通り 猿江2丁目バス停に向かいました。
昨日の夕焼け空が濃かったので思わずパチリ・・・
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2013年11月15日

猿江恩賜公園(南側地区日本庭園)

猿江恩賜公園 新大橋通り沿い南側公園入り口の門です。
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南側の住吉地区は、1924年(大正13年)に東京市に払い下げられ、1932年(昭和7年)に猿江恩賜公園として開園。
木立に囲まれた日本庭園となっていて 滝組、池、流れ、芦、北園には貯木場をモチーフにしたミニ木蔵(みにきぐら)の池があります。
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猿江材木蔵跡
『以降は、皇室所有の貯木場となり大正十三年に一部を猿江公園にした』
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猿江公園の石碑らしいいのですが 保存状態が悪く何が書いてあるのか全然わからないです。
石碑の上に猿の像が彫られているのがわかる程度。
門を入ってすぐにあります。
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巨石がごろごろあちこちに見られます。
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この猿江材木蔵の貯木法は木材を水中に沈めて腐るのを防ぐ方法だったそうです。そのために使われた重しの石は池の護岸に使われていつとのことですからこの巨石群もその名残なのでしょう。
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どこかの大名のお屋敷跡のような作りです。
公園というより 庭園な感じです。
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内門がありました。
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貯木場であった時代の景観を残すために作られたミニ木蔵の池。
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日本庭園ですねぇ・・・
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カモがたくさん泳いでいました。
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かえでばし
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小さな滝です。
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小川が流れています。
水と緑の公園には白サギやセキレイ、カワセミも居るそうです。
四阿が見えました。そちらに向かいます。

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2013年11月14日

猿江恩賜公園( 北側公園)

猿江恩賜公園に散歩に行きました。
急に寒くなって紅葉も進んでいます。
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猿江恩賜公園(さるえおんしこうえん)は、日本の東京都江東区猿江にある都立公園です。
1932年の開園です。
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1733年 - 江戸幕府公認の貯木場として開かれました。
1924年 - 皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)の成婚を記念して、猿江貯木場の一部を東京市に下賜(現在の南園部分)
1932年-現在の南側部分が猿江恩賜公園として開園しました。
1972年 - 猿江貯木場廃止、東京都が跡地を買収(現在の北園部分)。
1981年 - 北園、一部開園。
1983年 - 北園完成に伴い、全面開園。
都バス毛利2丁目バス停で降り 北側の公園から入りました。1722年(享保7年)隼町の毛利藤左衛門により毛利新田が開発されたことから毛利という地名になったそうです。
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銀杏が黄金色です。
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中央広場です。北側にある休憩所。
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南側に時計塔が見えます。
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時計塔です。お花見のシーズンは花見客でにぎわう場所です。
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散策路を通り 南側公園へと向かいます。
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新大橋通りに出るとティアラ江東(江東公会堂)が見えます。
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向かい側に南側入口の門が見えますが 通りを渡ることができず 四ツ目通りまでぐるっとまわりました。
横断歩道が欲しかった・・・・
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2013年11月13日

猿江神社≪境内社≫

猿江神社境内社の馬頭観音社です。
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馬頭観音社 馬頭観世音の刻印の上より「馬」の絵を彫り、「馬方」の絵の石と併わせた、大小1対の珍しい碑が祀られている。
旅行・交通安全、又、競走馬関係の参拝も多い。
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馬頭観音社
「馬頭観音とは密教系の進行である六観音の内、ヒンズー教の神、卑紐拏(びしゅぬ)が馬に化身して、魔物に奪われた聖典を取り戻したという説話が起源とされる。馬が周囲の草を食べ尽すように、一切の煩悩を打伏すといわれ、日本では奈良時代以降に信仰され、身近な動物への無病息災の民間信仰と共に江戸時代には旅の道中の安全、家畜の守り神として広く流布されるようになった。当社は創立不詳にて、長期境内に埋没していたが、昭和60年(1985)、「氏神と共に境内の馬頭観音を崇拝せよ」との告言により再び御姿を現わされ、人々の厚い信仰を享けている。形容は馬頭観音の刻印の上に馬の絵が彫られ、馬方の絵の石と併せた、大小一対の珍しい石碑で、研究者より注目されている。心願成就、旅行・交通安全のご利益もあるとされ馬に関わることから競走馬関係者の参拝も多い。又、近年前途の由来よりペットの無病息災祈願も増えている。〔勝守〕人生・勝負に勝つ〔馬頭観音守〕授与致します(案内板)」
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もう一つの境内社は藤森稲荷神社です。
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藤森稲荷神社
「創立不詳ながら、江戸時代初期には本所(墨田区)横綱町の江戸幕府御用材木蔵に、すでに祀られていた。
享保19年(1734)御用材木蔵と共に猿江の地(現在の猿江恩賜公園)に遷座された。明治以降は宮内省所管とない、この頃から猿江神社の宮司家により祭祀奉仕がなされている。亦、社殿が藤の木で囲まれ、毎年花の咲く季期に祭礼が行われていた事から、何時しか藤乃木魂を祀る「藤森神社」と称され、400年余に亘り木材作業に従事する人々の厚い信仰を享けてきた。
昭和52年(1977)春、東京都の都市計画による猿江貯木場の移転に伴い、現潮見駅前に遷座されるが、平成13年(2001)12月崇敬なる旧東京官材協同組合会長氏橋幸次郎氏及び東京広葉樹連合会々長長谷川健治氏他関係者氏の総意尽力で再び縁深きこの猿江の地に戻り、猿江神社の境内に安宮鎮座される。江戸時代より木材の守護神として商売繁盛、工事作業安全のご利益があるとされている。
尚、石燈篭一対(弘化5年〔1858〕)石水盤(貞享3年〔1686〕)は、区の有形文化財である。
宮司 神保恵一 謹書」
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石燈篭一対(弘化5年〔1858〕)
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【区指定重要文化財】野村屋五郎兵衛奉納水盤
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藤森稲荷神社のお狐さんは切れ長の目の公家顔です。
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白狐さんたちが並んでいます。とても仲良く見えます。
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狐さんは参拝者が奉納したのでしょうね。。。
猿江神社を出ました。

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